2019年(平成31年)第14回24時間不断念仏会参加体験談後編|共にお念仏する

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。



前回は、2019年第14回24時間不断念仏会in東京の増上寺に参加させて頂いた体験談前編ということで、事務的な話や事実の羅列を致しました。



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後編の今回は、体験した感想編といったところです。



24時間不断念仏会は、今回で合計8回目、増上寺では4回目の参加でありまして。

第14回、2019年の増上寺での24時間不断念仏会は、4月に少し生老病死に関わる出来事があったこともあり、色々と考えることもありました。

ただ一向に念仏すべし、ではありますが、考えることもあったとあっては、ただ一向にとはいきませんでしたが、その辺りのことも綴ります。



ちなみに、寺院に行きましても、全く写真を撮ってこなかった私ですが、今回は少しだけ写真を撮ってみました。

上の写真は、その一枚です。

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いつでもどこからでもお念仏でつながれる現代の同行の形

24時間不断念仏では、主催して下さっている土屋正道上人が、最初の挨拶でいつも伝えて下さる事があります。



「マラソンを目指しているのではなく、いつでもどこからでも共にお念仏出来る会」



お念仏は、競技スポーツとしてやるのではありません。

実は私、以前はマラソンの完走を目指しているかの如くやり方で、お念仏申しておりました。

そのために、増上慢と言いますか、三つの髻の「勝他」があったもので御座います。

「私の方が長くお念仏している、長時間している、私のお念仏の方が勝っているのだー。」とか、そんな感じです。



お念仏を人と競い自身が勝るために使うという、なんとも「何やってるんだ」と言われかねないことをしておったことも、正直なところ、御座います。

まさに、マラソンで人より速くゴールして、完走したことを自慢するかの如く。



そりゃあ、そのような時期があったり、ついつい思うてしまうことも御座いましょう。

しかし、お念仏はそういうことではない、と私も思うところに御座います。

24時間不断念仏会は競い合うのではなく、お念仏と出逢う、法然上人の教え・お念仏の教えと出逢い、共にお念仏をさせて頂くことであります。



また、インターネットで世界中と繋がり、いつでもどこからでも、いつどこにいてもお念仏を共に出来る環境が整っています。

インターネットという技術のお陰様で、現代の同行の形、各々の念仏道場にて同じ時間にお念仏で繋がるという、有り難き仏縁を感じたもので御座います。

私が初めて参加させて頂いた清浄華院の24時間不断念仏会では、「パリと京都、念仏で繋がる夜」という言葉を、パリとインターネット動画配信にて繋がっていたときに知りました。



今回の24時間不断念仏会では、世界の18カ所と繋がりました。

世界中とお念仏で繋がる日を体験し、仏縁感じたことに御座ります。

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24時間不断念仏会は数多の労のお陰様にて成り立っている

24時間不断念仏会の結願後、土屋正道上人の話を聞いて、「ああ、そうなのであるなあ。」と、感じた事は他にも御座いまして。

それは、「数多の労」についてであります。



私は、お念仏や法然上人の教えに触れたり、浄土宗の勤行をするようになったきっかけは、24時間不断念仏会に参加させて頂いた事が御縁で御座います。

初めて参加させて頂いた時、何か仏教行事、仏事はないかと探していたところに、清浄華院で24時間不断念仏会が開催されるという情報を、インターネットで知りまして。



そして、ふらりと通りすがり的に立ち寄った時、私が吐き出した苦を全て聞いて下さり、お救い下すったお坊さんが居て下さり、その御縁で今日(こんにち)まで続いております。

当時、心療内科にかかるような状態から、少しずつ脱していた時で、しかし未だ苦しかった時代であり、そのような時に苦を全て遮らずに聞いて下すった時は、本当に有り難かったことに御座います。

そのような御縁に恵まれたのは、24時間不断念仏会という別時念仏会を開催して下さるお坊さん達、そして運営して下さるスタッフの皆様あってこそだと、結願後の土屋上人のご挨拶から、改めて思うに至りました。



と、同時に、浄土宗の食前の言葉も思い出しましてね。

浄土宗では、食前の言葉として、このようなものが御座います。



「我ここに食を受く、慎みて天地の恵みと人々の労を謝し奉る。」



この部分は、禅宗の食前の言葉「五観の偈(ごかんのげ)」の一つ目「 一つには功の多少を計り彼の来処を量る」も連想するところです。



24時間不断念仏は、まさに人々の労のお陰様で、私も参加させて頂く御縁を頂けたことに御座います。



インターネットを使って、Facebookや専用のWEBサイトがあったからこそ、このような別時念仏会があるということを知る事ができました。

会場で動画配信して下さるスタッフの皆様方、案内して下さるお坊さんやボランティアの方々、そして、共にお念仏して下さる来場者やインターネット配信されている場所の方々。

数多の人々の労があって、あの場で私もお念仏申す事ができたこと、有り難く思い嬉しく思うところに御座います。

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神頼み仏頼みせずにはおれないということもある:私の慢心に気づかせて頂く

24時間不断念仏会に参加させて頂くようになってから、これまで幾つもの事が御座いました。



大規模な地震もありましたし、えげつない事件も起こったりと、そのようなことがあったものです。

そして、私個別の事情としては、2019年の4月中に、親戚が他界しまして。

そのような出来事や体験を経て、前回から続いて、今回の24時間不断念仏会にて改めて思うたことが御座います。



私は前回の清浄華院での24時間不断念仏会だったと記憶しておりますが、南無阿弥陀仏十遍を写経し、被災地復興祈願を記して、回向の時に読んで頂きました。



参照記事:「清浄華院の第7回24時間不断念仏会(京都)参加体験談後編|供養や祈願について考えた日」



私は子供の頃から、神頼みや仏頼みといったことはしないで過ごしてきました。

神社仏閣に行っても、賽銭箱に5円玉を入れて挨拶をするだけであって、「何々になりますように」などの願い事はせんようにしておったものです。

七夕の季節には、願い事を短冊に書いて竹にくくりつけるということも、何かこう、懐疑的なと言いますか、冷めた目で見ておったもので御座います。



「願い事なんぞ叶うものか、そもそも、神や仏に願い事をするよりも自身でかなえるのが筋であろう」と、まあ、すれたひねくれた子供です。(今の私もすれてひねくれまくっておるでしょうが)

そもそも、願い事がバッティングしたらどうするのだろう、等々、色々と持論があるものでして。



ようするに、神頼み仏頼みは、神や仏を使役する人の傲慢である、と考えて、神頼み仏頼みする人を見下してさえおったのです。

なんともまあ、慢の煩悩燃えさかり、傲慢であるのは私の方であります。



しかし人には、どうしようもない事象に遭遇したとき、どうしようもなく神頼みや仏頼みをせざるを得ない心境になることもありましょう。

地震にしてもそうですし、近しい人の他界、愛別離苦などの四苦八苦が、まさにそうでありましょう。

そのような時、どうしたって神頼み仏頼みしたくなることもあり得ます。



私は、特に親戚の往生という愛別離苦を体験して、改めてそのように思う事がありました。

親族の方々が、泣きながら往生された事を知らせて下さった時、もしかしたら往生極楽を願い、仏に願いを込められたこともあったかもしれません。

そのような時に、「いや、神頼み仏頼みは人間の傲慢で、念仏は願い事に使うのはなく云々」と言ったところで、その事が届いたり響いたりするかどうか。

逆に、更に苦を深めてしまうのではなかろうか。



そのような事を思うた時、神頼み仏頼みをするしか無いほどの方々に、それを否定するのは如何なものであろうか、否定してきた私自身を省みる事となりました。

そこから、「神社仏閣にて神頼み仏頼みをしないというのは、あくまで私の宗教心や在り方の話で、他の人にそれをぶつけたり否定したりはしない」と、改めた事に御座います。



確かに、生活の問題、例えば経済苦などをお念仏でどうにかしようというのは、私も「うーん」と思うところに御座います。

経済苦は経済活動にて、生活の苦は日々の生活の中で解決することであり、お念仏したからまるっと解決、というのは、都合が良すぎるだろうとは感じるところです。



しかし、どううしようもなく、お念仏しながら阿弥陀仏に願わざるを得ないことも、生きていればありましょう。

そのような時は、その人はそのような御縁であるのだということで否定することではなかろうかな、と。



他者の信仰や、のっぴきならぬ諸事情によりて、神頼み仏頼みする人の信仰心や宗教を土足で譜みったあげくに踏みにじらないように、という、戒めを、この24時間不断念仏会で頂けた、そのような日となりました。

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東京と京都で春と秋の24時間不断念仏、そして秋には十夜法要が御座います

前回と今回で、私が参加させて頂きました、2019年第14回24時間不断念仏会in増上寺について、レポートと言いますか、感想文ともなる体験談を、前後編でお伝え致しました。

前編はこちらに御座います。



参照記事:「2019年第14回24時間不断念仏会参加体験談前編|東京の増上寺にて念仏が途絶えぬ1日」



そして、ここからはちょいと浄土宗の十夜法要についてのお知らせをば。



結願の後、土屋正道上人から、幾つかのお知らせを頂きまして、その中から浄土宗において重要な仏事であります、「十夜法要」について、ここでお伝え致します。



十夜法要は、私も京都では龍岸寺と菩提寺にて、参加させて頂いております。



参照記事:「菩提寺・浄土宗寺院で若手僧侶達による十夜法要」

参照記事2:「十夜法要を浄土宗寺院である菩提寺にて|住職と副住職とお坊さん達と共にお念仏に励む」



東京では、2018年から文化祭的な感じのする十夜法要が営まれております。

2019年は、2019年10月11日(金)から2019年10月20日(日)まで、増上寺にて行われます。



京都では、恐らく2019年も龍岸寺を中心に、「十夜フェス」という名前で十夜法要が営まれる予定であると、龍岸寺のご住職から聞いております。

昨年は「超十夜フェス」という名前で、1ヶ月間という長い開催期間でありましたが、今年はどうなるかはまだわかっておりませんが、恐らく十夜法要自体はされることであるかと思われます。



と、浄土宗の仏事のお知らせをしたところで、24時間不断念仏会のレポート・体験談を閉じると致します。



今回の2019年(平成31年)24時間不断念仏会in増上寺では、198人の方が増上寺の念仏道場に来られました。

今後の別時念仏会にて、共にお念仏させて頂く御縁が御座いましたら、誠に嬉しゅう御座います。



合掌、十念、礼拝

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