ブログコンセプト

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。
私は、この「今何寺(いまなんじ)」というインターネット上の寺院(ブログ)を建立させて頂きました、修羅観音(しゅらかんのん)と申します。

当ブログでは、「不安で憂鬱案時代を生き抜くための智慧」を、皆さんに伝えさせて頂く事をコンセプトとしております。



現代の日本社会では大なり小なり、何らかの不安や悩み、陰鬱とした感覚を持っている人も多いかと存じます。

かくいう私も、そのような一人であり、私の場合は病的なところまでいきました。



でも、私は「不安」や「憂鬱・うつ」とした感覚感性は、決して悪そのものだとは定義しておりません。

その辺りの事を、自己紹介を交えながら、最初にお伝えしておこうと思います。

どうぞ、宜しくお願い申し上げます。

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不安で憂鬱になるのは正常な感覚感性

現代社会では、何かと不安になったり、憂鬱になったりする事もあるかと存じます。



例えば、経済的な不安というのは、誰しも抱えていらっしゃるかと思います。

健康についての不安や悩みも、日暮らしの中であるでしょうし、日常生活のちょっとした事からも、悩みや不安は発生するのが現状でありましょう。

また、特に現代日本社会は、新聞やテレビ、インターネットの報道を見ても、現代日本の価値観や社会通念からすると、マイナスな出来事が多々報じられています。

報道の仕方にも問題があるかとは思われますが、悲惨な話や心を痛める情報と遭遇すれば、心を痛めて憂鬱になったり、不安や悩みが沸いてくることも御座いましょう。

社会情勢や年金などの将来とお金の話など、あげていけばきりがありません。



そのような情報に晒され続ければ、不安や悩みを持って、時折憂鬱な気分が顔を出しても、不可思議ではありませんし、そりゃ不安にもなります。



でも、私はこのような情報が蔓延している現代社会において、不安や憂鬱になるのは、ある種の健全性があると言いますか、正常な感覚感性である証しだと考えております。

社会通念としても宗教的な感覚感性からしても、心を痛める出来事に遭遇して、憂鬱とした気分や不安感が全く沸かないという方が、私は「どうなんだろ・・・」と観ております。

心を痛めたり、不安や憂鬱な気分になるような出来事に遭遇しても、何も感じなかったり、無理矢理ポジティブに乗り切ろうという人の方に、私は危険を感じます。



この辺り、私は五木寛之さんという作家の「不安の力」や「人間の関係」などの本から、学ばせて頂いた経緯から、そのように思うようになりました。

ここでは本の名前だけの紹介に留めますが、御縁が御座いましたら、個別に紹介させて頂きます。

不安や憂鬱が沸きやすい、抱えやすい人には観音様の如く優しく

私は、現在も睡眠障害やうつ病といった症状と共にあります。

現在は、心療内科には通わないくらいにまではなっていますけれども、今も症状が重い場合には、動けなくなることが御座います。

ただ、私の場合ではありますが、仏教や瞑想との出会い、私を救って下さったお坊さん達との出会いなど有り難い御縁によって、うつ病も最悪の時期から脱しました。



心療内科に通っていたときに、私を担当して下さった先生や、自分でも勉強して知ったのですが、「HSP」という特徴を持つ人が、世の中には結構いらっしゃいます。

「HSP」とは、「Highly Sensitive Person(神経過敏な人、敏感で繊細な人)」という意味の頭文字を取ったものです。



私もそのような特徴を持っていますが、繊細で敏感であったり、優しくて気弱な人は、不安や悩みを抱えやすく、憂鬱な気分も人より強く持ちやすいということを、体感的に理解しております。

また、生来的に苦を見逃さず、苦を抱えやすいであろうということも、把握しております。

でも、私はそれはとても人間らしく、苦を見逃さない大切な感性であると、一方では考えるに到っております。

最も、苦が沸いているときには、そのような事を考える余裕もなく、苦しいのですがね、本当に。



私と似たような人達は、不安や憂鬱を報じるこの現代社会において、不安感や憂鬱な感覚を持ちやすく、わかっていても内側からふつふつと沸いて出てきやすいのです。

私は、そのような苦を抱えている人達に対して、優しくありたい、観音様の如く慈悲と智慧を持って接したい、そのように考えております。
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人を平気で傷つけたり奪う、不安や憂鬱を押しつける亡者達には修羅の如く

一方で私は、不安を抱えやすかったり傷つきやすい人を平気で傷つけたり、暴利を貪ったりする輩には、修羅の如く在り方であろうと思うております。



私は仏教徒・仏教者や宗教者としての自覚があり、基本的に「慈悲と智慧を持って良き縁となる仏道を歩む」という在り方にて生きております。

しかし、世の中にはどういうわけか、残念ながら人を傷つけたり、財産を奪う事を平気でする亡者共がうようよとおります。

実際に私も詐欺に遭いましたし、命を脅かされた経験も御座います。



そのような体験から、それがいかに愚かで酷い行いかも、味わわされてきたものです。



不安で憂鬱を抱えやすい、心優しい人を脅かす輩、人を騙しても暴利を貪る輩を、私は「我利我利亡者(がりがりもうじゃ)」と観て、人あらざる者と位置づけております。

るろうに剣心という漫画で破戒僧が「救うに価しない輩が確実に存在する」という台詞がありますが、体感として持っております。

もっとも、私は浄土仏教者故に、そのような人達も救われる教えを頂いておりますがね。



それゆえに、我利我利亡者が改心する方向へ回心(えしん)するきっかけとして、またそのような我利我利亡者に、気弱な人や弱者が大切な人生の主導権を奪われないために、時には私も修羅と化します。

結構きつい言葉を発したり、きつい話題を提言する時は、私が修羅モードであると思うて下されば、嬉しゅう御座います。



この寺院(ブログ)内で、私も六道輪廻します。

私の体験や経験、学んだ事を元に、不安や憂鬱な感じを肯定しつつ和らげるヒントをお伝えしていきます

この寺院(ブログ)では、このような不安感や憂鬱な気分を抱えやすい時代に、そられをなんとか和らげる智慧を、色々とお伝えしていきます。

私は仏教者であり、宗教を学んでいると言う事もありまして、私の体験も交えた仏教の話や宗教的な話から、不安や憂鬱を和らげるヒントを提案致します。



また、現代社会は有り難い事に、個々の悩みや不安について、幾許か和らげてくれる商品なりサービスも御座います。

基本的に、私は「少欲知足(しょうよくちそく)」という仏教が説く教えを大切にしております。

ただ、このブログに来て下さっている方々は、恐らく殆どが現代社会に生きる在家の人、娑婆世界で懸命に生きる人達でありましょう。

がちがちの出家仏教者ではないと思いますから、そのあたりをきちんと考慮した上で、使えるものは使えるものとして、伝えさせて頂きます。



大切な事は、あなたがどうしよもなく沸いてくる不安や憂鬱な気分を、優しく和らげることですからね。



そのような感じで、今後ともお付き合い頂けましたら、大変嬉しゅう御座います。



今後とも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。



合掌

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