ブロガーとして収入を頂く事の可能性|大道芸人でもある僧侶「とっしゃん和尚」から学ぶ

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。

現代社会において、「ブロガー」と呼ばれる人達の認知度って、どれくらいのものなのでしょう。
イケダハヤトさんやタクスズキさん、りゅうじんさんややまもとりゅうけんさんと言った、いわゆる「プロブロガー」は、有名所でありましょうか。

私も、この寺院(ブログ)を運営させて頂いて居る身である以上、ブロガーと言えなくもありません。

もっとも、私の場合はブログ収入云々を言えば、内職レベル以下だとは思いますがね。



私もブログをしている事から、色々な人のブログと御縁を結ばせて頂く機会が御座いますが、その中でも、「お。」と思ったブログと運営者がいらっしゃいまして。

その方は、真宗興正派の僧侶で真宗興正派寺院の副住職をされている、「とっしゃん」さんこと、俊亮和上(わじょう)のブログで御座います。

私は、僧侶でお寺を切り盛りされている方が、ブロガーとしてブログ収入を得られる事について、可能性を見出しておったりいたします。

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ブロガーで大道芸人でもあられる真宗僧侶のお坊さん「とっしゃん和尚」について

今回紹介させて頂きます、「とっしゃん」さんこと、俊亮和上さんについて、ここでは「とっしゃん和上」という呼び方で、統一させて頂きます。

とっしゃん和尚、勝手に申し訳ありません。



とっしゃん和尚は、冒頭でお伝えしました通り、現在はブロガーとしてブログ運営をされています。

それゆえに、私もブロガーとして活動もされているお坊さんについて、御縁を頂く事が出来たということは、大変有り難いところで御座います。

この「有り難い」は、読んで字の如く仏教においての「有り難し(有る事が難しい、なかなか無い)」という意味と、感謝の意味の両方を含んでおります。



とっしゃん和尚は、現在は香川県のお寺で副住職をされている傍ら、大道芸人として、また同じく真宗僧侶である兄気味と共に、「善照寺ブラザーズ」としても活動されています。

お坊さんでパフォーマーであったり、老若男女幅広く仏法に触れて頂ける技をお持ちのお坊さんって、実は結構いらっしゃいますよ。

私も、京都で行われております「十夜フェス」にて、ギター片手に法話をされる浄土宗のお坊さんや、紙芝居と人形劇をされる浄土宗僧侶の法話も、頂いた事が御座いましてね。

浄土宗で言うならば、「愛$菩薩(アイドルぼさつ)」として活動されている方とも、共通するところで御座います。



真宗興正派の僧侶であられるとっしゃん和上は、お寺の行事やイベントには、僧侶としても大道芸人としても参加されています。

ジャグリングやお手玉のようなボール捌きで、十二支縁起について御法話されていそうな気が致します。

「縁の巡りは次々と絶えること無く続いて行きます、ほら、おのジャグリングのように、次々と」とか。(私の勝手な妄想ですが。)



また、とっしゃん和上は真宗興正派の僧侶ではある方ですが、宗派が違うお寺でも、活動されることがあると、ブログ「とっしゃんのおもロジカル」にて、語っていらっしゃいます。

私は、このようなブロガーとしてのブログ活動も含めて、「フリースタイルな僧侶たち」の一人のような気がしておりましてね。

フリースタイルな僧侶という事で、十夜フェスやさまざまな一般参加可能な仏教行事に参加されたら、会える機会もあるかなあ、と、思うております今日この頃に御座います。

ブロガーだったりIT僧侶と呼べるお坊さんは結構いらっしゃいます

ブロガーとしても活動されている、とっしゃん和上のように、現在はブログを書かれているお坊さんは、結構いらっしゃいます。

ブログではなくても、FacebookやTwitterをされている方も、探せば沢山いらっしゃり、お陰様でどのお寺でどのような御法話や仏事があるか等、把握しやすくて助かっております。

私は、浄土宗の24時間不断念仏会に参加させて頂いておる身で御座いますが、それもインターネット経由で知る事が出来ましたからね。

ブロガーであったり、お寺のブログやウェブサイトで、こうして情報発信して下さるお坊さんの活動は、私のような仏教者・宗教者にとっては、大変有り難し。



現在、お坊さんの中には、IT・情報技術やパソコン操作に長けている人って、探せば結構見つかります。

例えば、インターネット寺院「彼岸寺」の松本紹圭さんも、プログラミングを知っている人ですし、「フリースタイルな僧侶たち」の代表も、MacBookを使いこなされています。

私は実際に、お坊さんが目の前でMacBookを使われている姿を目撃しておりますよ。

プラユキ・ナラテボーさんも、Twitterで辻説法を華麗にこなされていますから、情報技術や媒体を使いこなされているお坊さんって、探せば結構見つかります。



「え、お坊さんってパソコン使えるの?スマホ持ってるの?Twitterやるの?」と、思われる人もいらっしゃるかもしれません。

十夜フェスでお坊さんからも、「スマホを取り出したら、驚かれたことは何度もありますよ。」と、仰っていました。

まだまだ「IT=お坊さんとはあまり関係が無い、そういうのに疎そう」という固定観念はありそうです。



まあ、確かに僧侶や仏教って「古い」というイメージがあるのは、パトス(精神性・感じ方や情緒)としては、わからんでもありませんがね。

とっしゃん和上の魅力や、彼に魅力を感じられる人は、もしかしたら「え、お坊さんで大道芸人、しかもブロガーってどういうこと!?」と、いわゆるギャップ萌え的な部分を感じられているのかもしれません。
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お坊さんブロガーは、お坊さんだからこそ伝えて下さる有り難き話が読める

お坊さんブロガーとしての活動もされている、とっしゃん和上のブログでは、宗教的な色合いは、もしかしたら私よりも薄めて下さっているのではなかろうか、と思うくらいに、宗教色は前面に出されておりません。



もちろん、流石は僧侶ということもあり、きちんと仏教関連の話は、仏教の属性・カテゴリーにまとめて下さっています。

釈徹宗さんの「100分de名著:歎異抄」を紹介されていた辺りは、流石は真宗僧侶、伝えるべきところはきっちりと伝えられる、お坊さんの姿を見せて頂いたもので御座います。



それ以外の話は、宗教的な話ではなく、ボランティアや洗濯機、漫画の話など、仏教に関心が無い人でも楽しめる内容の話を展開して下さっています。

中には「本堂でブロガー合宿」という、寺子屋的な活動もされていることを紹介されていたりと、ブロガーやブログ収入についてと仏教が結びついた話もありました。



私は、このようなとっしゃん和上のブロガーとしての活動には、二つの可能性を見出しております。



一つ目は、やんわりとした日常の話から、仏教の話に触れる事が出来る「有り難し機会」であり、これが仏教に興味を持って頂ける方が増えるひとつのきっかけになり得る、というところです。



現在、とっしゃん和上はブロガーとしての勉強と実践をされており、プロブロガーである「ヨスさん」「ヨッセンス」というブログサロンに参加されています。

もしかしたら、そこでとっしゃん和上と出会われた方は、「こんな面白いお坊さんがいるんだ」というところから、仏教に興味を持たれる方もいらっしゃる事だってあり得る話です。



私は、個人的に浄土宗の「おてつぎ運動」を応援していたり、実際に仏事に参加している身ですが、布教活動はしておりません。

そもそも僧侶ではありませんから、勝手に布教活動は出来ませんし。

布教活動はしておりませんが、仏教・仏法によって救われる人が増えたり、その事が広まればいいなあ嬉しいなあ、という思いはあります。

そのきっかけとして、とっしゃん和上のブロガーとしての活動を、応援しておりますし、ここに仏教・仏法がブログを通してという形で広まる可能性を見出しておるのです。



真宗・浄土真宗、特に真宗大谷派では、御法話の前に「三帰依文(さんきえもん)」と言いまして、冒頭で僧侶と門徒が一緒に、この文を称えます。



「人身うけ難し、今すでにうく、仏法聞き難し、今すでに聞く」



これは、釈尊も砂浜で例え話として話された内容でもありますが、人の身をうける生は大変難しく、更に仏法を聞く事は更に難しい、という意味です。

「難しい」というのは、「なかなかそのような機会が無い」という意味で、「有り難し」は「有る事が難しい、なかなか無い」という意味です。

現代社会では、特にそのような傾向を感じる時がありますが、やんわりと入っていける、とっしゃん和尚のブログは、非常に有り難い仏法に触れる機会である、私はそのような味わいを頂いております。



二つ目は、全部が全部そうではありませんが、「お坊さんだからこそ、社会通念とは全く違った角度で日常の事柄についての話もして下さる」ということです。



例えば、2017年の初め頃に、とっしゃん和上もブログで話されている事ですが、「ボランティア」や「お金」にまつわる話が御座います。

仏教や宗教って、どういうわけか現代社会においても「仏教、宗教はお金の話はタブー」という認識なり観念を持っている人もいらっしゃいます。

「坊主丸儲け、羨ましい」だとか「どうせ税金が云々」と、お坊さんがお金の話をされると、何となくそわそわする人って、未だにいらっしゃるという事を、色々な所で見聞きするものです。



最近も、お寺の経済について現状を暴露されている新書もありましたね、真宗僧侶の方が出された本です。

「坊主丸儲け」だとか、未だに盲信している人は、一度読んでおくと宜しいかと存じます。



そういえば、私の高校時代の日本史の先生は、やたら「坊主丸儲け、なんたるこった」と、文句たらたら言うておりました。

お坊さんと、何かあったんですかね、あの先生。



高校時代の先生についてはさておき。



私は、お坊さんがお金の話をされたり、経済的な話をされる事は、タブー・禁忌だとは思うておりません。

むしろ、「お坊さんだからこそ、社会通念とは違った価値体系や思考・思想からの提言をして頂ける、そのような側面からのお金にまつわる話がある」という味わいも、感じております。



例えば、とっしゃん和上でしたら、僧侶としてお寺の切り盛りもされていますし、大道芸人としての活動において、金銭のやり取りも御座いましょう。

出演依頼もこなされていますから、娑婆世界で生きる上では、経済的な側面は無視出来ませんからね。

それに、ブロガーとして「プロブロガー」も視野に入れられているとのこと、今後はブログ収入も増えていく可能性も御座います。

そういう活動を通して、お坊さんとしてのとっしゃん和上だからこそ、語れるお金にまつわる話も御座います。

経済的な悩みを抱えている人にとっては、社会の常識や通念とは全く違う世界からの提言は、悩みを打破出来るきっかけとなる事もあります。



真宗・浄土真宗では特に多いそうですが、在家・俗世で仕事をしながらお坊さんもされていると言う人の話は、時に有り難い光となります。

とっしゃん和上のブロガーとしての活動、ブログで話される事は、お坊さんだからこそ語れる、お坊さん目線での現世や娑婆世界の処世術を学ぶ事が出来る可能性を、私は見出しております。



今紹介致しました、ボランティアとお金の話については、特に経済人やビジネスパーソン・仕事人を自認している人は、必読だと私は思います。

とっしゃん和上の参照記事:「脱ボランティアのススメ。技術の安売りはいい事ないので早くやめよう!」



確かに、仏教には「少欲知足(しょうよくちそく)」の教えがあります。

しかし、経済的な動きが無視出来ないほどに肥大している以上、娑婆世界で生きる上では、お金の話は切り離す事が出来ないレベルになっております。

このような現代社会において、技術を安売りしない、かといってお金にも執着しない、という絶妙なバランスを学ぶ一助になるのではないか、私はそのようにお味わいを頂いております。

ブロガーとしてブログ収入を現世利益として頂く事は、お寺の経済的現状に希望の光となりそう

お寺のお坊さんは、実は給料制であり、年収換算すると、坊主丸儲けなんて現代社会においては幻想とも言えるレベルであるということは、私も直接お坊さんから伺った事があります。

現状、僧侶として働きながら、アルバイトをしているお坊さんもいらっしゃいます。

浄土真宗本願寺派の僧侶で、「英語でブッダ」で有名な、大來尚順さんも、企業にお勤めの方ですし。



だからこそ、現場を知っていらっしゃるからこそ語れる「お金と仏教の話」や、仏教からお金について語れる方々である、という見方をしております。



とっしゃん和上の場合でしたら、大道芸人としての仕事の他に、今後はブロガーとして、ブログ収入を得られている現役のブロガー兼お坊さんとしての言語と文法を持ってして、語って頂ける事もあるかと存じます。

そして、この「ブログ収入」を現世利益として頂けるブロガーという活動は、お寺の経済を支える一助にもなり得る、そのような可能性を、私は見出しております。



私は、とっしゃん和上のブロガーとしての活動、ひいてはプロブロガーへの深化と進化というのは、お寺の経済であったり、各々のお寺存続の可能性の一つである、という見方をしております。

ブログで辻説法的な話をして、例えばそこで何らかの広告収入を頂くという活動は、読者は仏法に触れられて有り難い事であり、ブロガー僧侶にとっては、お寺の経済を支える有り難い現世利益となります。

広告を出している方や企業は、そのような形でお寺を支えている功徳も御座います。



こういう御縁の繋がりは、お坊さんがプロブロガーとして活動される意味と意義であると思うのですが、如何でしょうか。



とっしゃん和上のブログ:「とっしゃんのおもロジカル」



とっしゃん和上のブログが、あなたが仏教・仏法に触れるきっかけとなり、良き人生を歩まれる一助とならんことを。



合掌、礼拝

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