仏教を学ぶメリットとデメリット|そもそもこの表題や問い方事態を問うべし

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。

つい最近、知人から「仏教を学ぶメリットやデメリットについて、興味があります」と、言われた事が御座います。
そもそもとして、この「仏教を学ぶ事のメリットとデメリット」という問い方や考え方自体を問うのが仏教的と言えるのですが、特に年齢が若い人達は、興味がある人も多いかと存じます。

この「若い」という概念についても、仏教では問うわけですけれども、それをどんどん深めてしまうと話が進みませんから、この辺りは省略しておきます。



現代社会において、仏教に限らず宗教そのものについて、学ぶメリットやデメリットを純粋に知りたいという人も、いらっしゃる事でありましょう。

特に、効率であったり現実的な利益(りえき)を求めがちな現代社会においては、学んで効果効能があったり、即効性があって何らかの「得」に結びつくなら学んでも良い、なんて考えの人も、存外多いのではないかとお見受け致します。

まるで、「学校の勉強って、なんの意味があるの?」という問いに、共通する事もあるような、そんな気が致します。



そこで、「仏教を学ぶメリットとデメリット」について、そもそもこの考え方と共に、メリットデメリットについてフリースタイルな在家仏教者である私の色眼鏡全開ではありますが、お伝え致しましょう。

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そもそも仏教を学ぶ事に対して、メリットとデメリット云々言う事を問うべし

結論から申し上げますと、仏教について学ぶ事に対して、メリットはあるかだとか、デメリットはないだろうか、なんて事を考える事自体が、もう仏教的な考え方とは言いがたいものであります。

仏教では、損だの得だの、そういう事から解脱するという方向性を持っておりますからね。



最近の例で言いますと、「坐禅って、何の意味があるの?」「瞑想してお金稼げるの?」なんて事を問うたり考えたりする事があるようですが、その事を戒めるのが仏教の方向性です。

恐らく、Google社が瞑想を取り上げて創造的な仕事に貢献しているという報告があるため、メリットやデメリットがはっきりと見やすくなったために、そのような考え方も蔓延してきているのでありましょう。

テレビ番組でも、瞑想特集によって、番組出演者が「気持ち良くなった」だのと、メリットをその場で表現している事も、原因の一つであろうと考えられます。



もちろん、「結果的」にメリットを享受したというのは、否定致しませんし、それはそれでよござんすよ。

しかし、メリット有りきで瞑想や仏教に関係する事柄を為す、仏教を学ぶという事には、私は「うーん」と思うわけです。



「仏教を学ぶ事に興味があるという人は、メリットだのデメリットだのは、一旦脇へ置いて観ては如何でしょうか」というのが、私の現段階における在り方です。



一方で、だからといって、そこまでメリットやデメリットについて考えるな、と言うのも、私は問いを発するところで御座います。

これは、プラユキ・ナラテボーさんの説法で学ばせて頂いた事でありまして。



確かに、仏教を学ぶメリットやデメリットは一旦離れる、と言う事は、仏教的な仏教の学び方ではあります。

しかし、現代社会の価値観にどっぷりとはまり込んでいる状態で、それを無理矢理行うと言う事は、仏教に対する敷居を高くしてしまうと言う側面も御座います。

折角、現代社会では、仏教にあまり関心が無い若い世代にも触れやすいように奔走して下さっているお坊さん方もいらっしゃるのに、そこへ水を差しかねない言説ではありますからね。

まずは触れる、そこからメリットだのデメリットの執着から離れていく、という順序もありましょう。



以上の事を踏まえた上で、仏教を学ぶメリットとデメリットについて、話を進めていくことと致します。

仏教を学ぶメリット

仏教を学ぶメリットとデメリットについて、まずはメリット、言うなればゲイン(得られるもの)であったり、良い点と言える事柄からお伝え致します。
特に若い世代で、損益について考える事が止められない若い仕事人(ビジネスパーソン)にとっては、知りたい部分で御座いましょう。



あくまで、私の現状による事であったり、体験に基づいた事柄でありまして、色眼鏡全開ではありますが、こういう事もあるんだな、くらいの気持ちで読んで頂ければと存じます。

仏教を学ぶメリット1:多角的な物事の見方が身につく一助となる

仏教を学ぶメリットの一つ目。



それは「多角的に物事を見たり判断する一助となる」です。



仏教もそうですし、宗教と呼ばれる世界観は、そもそもが社会とは全く別の価値体系を持っております。

これについては、釈徹宗さんという浄土真宗本願寺派の僧侶で比較宗教学を大学で教えていらっしゃる方の色々な本でも、学ばせて頂いた事に御座います。



例えば、上でもお伝えしました通り、損だの得だの、メリットだのデメリットだのを一旦脇に置いたり、そういう概念に執着しない、という教えからも、その雰囲気を読み取って頂けるかと存じます。

典型的な価値観の違いと言えば、お金でありましょう。

現代社会においては特に、お金はあればあるだけ良いという価値観があり、それは社会生活を営む上では否定されないことで御座います。

しかし、キリスト教も仏教も、富める者よりも富から縁遠い貧しい人々への救済の言葉であったり、御教えが御座います。



ちなみに、アメリカの大富豪がよく寄付をするのは、こういう背景があるからだとも言われています。



社会通念とは全く違う宗教からの価値体系視点を「宗教的逆説性」と言いますが、それはつまり、娑婆世界の社会通念とは全く違った方向性を持つ視点であると言う事が言えます。

このことから、仏教を学ぶメリットとして、多角的な視点、複数の視点を持って物事に接したり判断・決断する一助となるということが言えるかと存じます。

仏教を学ぶメリット2:軸や方向性が定まる

仏教を学ぶメリットと言える事の二つ目。



それは「軸や方向性が定まる」という事です。



仏教には、なかなか着地させてくれない言説や御教えが御座います。

特に「歎異抄」では、そのような傾向が強いと思う事がしばしばありますし、アッタカヴァッガという原始仏教経典を読んでみると、宗教的揺さぶりを強烈に感じます。



一方で、私は毎日浄土宗の勤行をさせて頂いておりまして、そこで読み上げさせて頂いている偈文や御経さんが、生きる軸であったり方向性の道標になって下さっている事を、しばしば観じております。

例えば、ちょっと手を抜こうとすると、「小罪を犯さじと思うべし」という法然上人の御言葉が戒めて下さいます。

他にも、法然上人が浄土へ行かれる二日前に書かれた「一枚起請文」の「智者の振る舞いをせずして、ただ一向に念仏すべし」は、かしこぶったり智者の振る舞いをしそうになった時に、「今、智者の振る舞いをしようとしていないか?」と、問いかけて下さいます。

釈徹宗さんが、真宗の教えや歎異抄に触れると、「雑毒の善」という、独りよがりであったり自分都合の善で良い気持ちになっていないかと呼びかけられる、と仰っていましたが、私もそれを感じるところに御座います。



このように仏教を学び続けていると、自分の中に何らかの軸であったり方向性が定まる事があります。



「信心決定」という言葉がありますが、それにも関係がありそうな話ですな。

仏教を学ぶメリット3:高僧の智慧に触れる事が出来る

仏教を学ぶメリットの三つ目。



それは、「高僧や先人の智慧に学ぶ事が出来る」ということです。



例えば、日本でも有名な高僧と言えば、頓智のお坊さん、一休宗純和尚でありましょうかね、アニメにもなりましたし。

一休さんの話を読んだり観たりすると、「ああ、なるほどなあ。」と思うた人も、多いかと存じます。



また、一休さんに限らず、各宗派の高僧や、釈尊(ゴータマ・ブッダ)から続く仏教の高僧達の智慧に触れる事が出来るというのも、仏教を学ぶメリットと言えましょう。

真宗・浄土真宗では、毎日「正信念仏偈」を称えるのですが、そこに親鸞聖人に到るまでの7人の高僧について書かれております。

その中に、法然上人も登場しまして、私は法然上人の御教えやお智慧を、毎日頂いて生活しております。



仏教を学ぶと、先人・高僧の智慧に学ぶ事が出来るというのは、大きなメリットであろうと、私は直観・直感しているところに御座います。
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仏教を学ぶデメリット

仏教を学ぶメリットについて、私が「こういうメリットはありそうだな。」と言う事を、申し上げてきました。



それとは逆に、仏教を学ぶデメリットとは、いかなることがあるのか、と言う事も、色々と考えた事をお伝え致します。

あくまで、現時点の私が考えている事に過ぎませんがね。



特に損をしたくないという願望をお持ちの方にとっては、メリットよりも先に知りたいところかもしれません。



最も、損をしたくないというのは自分都合の煩悩である、と言いたいところではありますが、そこは一旦脇へ置いて、娑婆世界の社会通念に即して話を進めて参ります。

仏教のデメリット1:飲み込まれてしまう危険性

仏教のデメリットと思われる事柄の一つ目。



それは、「社会に適応出来なくなるほどの怖さに飲み込まれる事もある」ということです。



これについては、「だから仏教は面白い!」や「お世話され上手」をきちんと読んで頂ければ、専門家が解説して下さっていますから、仏教を学ぶ際には入門書として是非読んでおいて欲しいものであります。

お世話され上手 (22世紀を生きる)

お世話され上手 (22世紀を生きる)


  • 作者:釈徹宗
  • 出版社:ミシマ社
  • 発売日: 2016-10-29

「だから仏教は面白い!」は、こちらです。

どちらも、仏教をこれから学んで行く人にとっては、安全装置なりリミッターと働いて下さる入門書であるというお味わいを、私は頂いております。

講義ライブ だから仏教は面白い! (講談社+α文庫)

講義ライブ だから仏教は面白い! (講談社+α文庫)


  • 作者:魚川 祐司
  • 出版社:講談社
  • 発売日: 2015-12-18
「だから仏教は面白い!」と共に「仏教思想のゼロポイント」も、読まれると宜しいかと存じまして、その事についてはこちらで以前にお伝えしております。

参照記事:「「だから仏教は面白い!(魚川祐司さん著)」は面白い。」

参照記事2:「「仏教思想のゼロポイント」は「だから仏教は面白い!」とセットで読む事が望ましい」



仏教に限りませんが、宗教を原液のまま、しかも安全装置やリミッターとなる教えを学ばずに飲み続けると、簡単に日常が壊れます。

私も、「アッタカヴァッガ」に触れたときに、その事を体感したもので御座います。

「これ以上深みにはまったら、なんだかよくわからないけれども大変な事になりそうだ」と、感じましたからね。

私の場合は、先にリミッターなり安全装置を学んでいたからか、日常が壊れたり社会生活を送れないような事にはなりませんでしたが。



仏教、宗教に無防備に触れると、こういう怖さに当てられる事があります。

仏教を学ぶ際には、安全装置をきちんと教えて下さるお坊さんとの関係を築いておくと言う事も、大切です。

仏教を学ぶデメリット2:メリット・ゲインを求めすぎると瞑想難民になってしまうことも

仏教を学ぶデメリットとしてあげられる事柄の二つ目。



それは、「仏教で得する事を求める余りに、瞑想難民になってしまうという副作用」です。



これは、現代社会においては、特にありそうなパターンです。

このことについては、仏教を説く側、瞑想指導をする側の責任もあるとは思うのですがね。



仏教に触れて、瞑想をしたり高僧の教えを聞けば、「人格が良くなる」「その事によってお金が稼げるようになる」と言う事を、求めている人は、存外多いのではないかという見方を、私はしております。

と、言いますのも、某有名企業が瞑想を取り入れていて、それによって業績が上がるだの創造性が増すだの、そういう宣伝の仕方があったがゆえに、「仏教や瞑想をすると得をするんだ」と、すり込まれていないか、という懸念が御座います。



「結果的」に、人格が優れているように観られる代わり方をする人もいるでしょうし、間接的に富を得る御縁と働く事も御座いましょう。

しかし、それはあくまで結果論であり、間接的な働きかけと観ておく方がよろしいかと存じます。



そもそもとして、瞑想や仏教を学ぶという事は、お金儲けのためにやるという目的はありませんからね。

むしろ、そういう俗物的な執着から離れるという方向性がありのが、仏教であったり、瞑想修行です。

仏教、原始仏教サイドの教えとしては、経済活動を否定するかの如く方向性もあるわけですから。



その辺りをきちんと学ばないで仏教に触れたり、瞑想をし続けると、「あれ、想像していたのと違う」となり、そこから瞑想難民に陥ったりしかねません。

こういう不具合が生じることは、社会通念の視点から観ても、デメリットと言えましょう。



ゆえに、仏教を学ぶ、瞑想を学ぶという際には、こういった事に注意しないと、デメリットと言える落とし穴に嵌まってしまいますから、ご注意をば。

仏教はメリットだのデメリットを一旦離れて学ばれては如何でしょうか

今回話してきた、仏教を学ぶメリットとデメリットについては、あくまで私という一人のフリースタイルな在家仏教者の色眼鏡全開な、言うなれば感想文に過ぎません。

多少なりとも、暴論めいた事柄であったり、結論づけるのは如何なものか、と思われる部分も御座いましょう。

言い訳としましては、あくまで一人の在家仏教者の戯れ言としてお読み頂ければ、と思う所に御座います。



ただ、若い人達が、仏教について学ばんとする際の入り口とはなろうかという事も、考えております。

その事の一助と致しまして、以前にお伝え致しました「宗教教育について」という表題での話も、併せてお読み頂ければ、より理解が深まるかと存じます。

参照記事:「無宗教でも宗教を学んでおいた方が良い3つの理由|宗教教育について」

参照記事2:「世界の宗教を学べる本2選と学ぶなら読んでおくべき1冊|私が選ぶ入門の書」



今回は、仏教に絞ってお話し致しましたが、非常に関連が深い事柄ですから、併せて学んで頂ければ幸いに存じます。



今回の話から、仏教に多少なりとも興味を抱いて頂き、仏縁を結ぶ御縁となりましたら、大変嬉しゅう御座います。





合掌、礼拝

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