「仕事に効く!仏教マネジメント」(プラユキ・ナラテボーさん著)はビジネスと人生の妙薬書|一項目だけ紹介します

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。



この寺院(ブログ)では、プラユキ・ナラテボーさんの本を幾つも紹介しており、今回も、その中の一冊についての話であります。



今回お伝え致します本は、Amazonの電子書籍「仕事に効く!仏教マネジメント」です。



「仕事に効く!仏教マネジメント」は、「ビジネスレビュー 松下幸之助塾」に連載されていた、プラユキ・ナラテボーさんのエッセイです。

この本は、今のところAmazonの電子書籍でしか手に入りません。

いつか加筆修正を経ての新書か文庫で出ないかなあ、と期待しているのは、私の煩悩でありましょうかね。



「仕事に効く!仏教マネジメント」は、連載されていた場所からして、ビジネスパーソン向け、仕事人向けに書かれている仏教のエッセイという印象です。

「こうすれば儲かる!」という話ではありませんが、その土台となる話となりましょう。

それでいて、表題にも書いてある通り、人生の妙薬ともなり得る良書であると、私は味わっております。



今回は、私が御縁賜った「仕事に効く!仏教マネジメント」について、お伝え致しましょう。

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「仕事に効く!仏教マネジメント」の概要・特徴

「仕事に効く!仏教マネジメント」について、どのような本・電子書籍であるか、まずは概要や特徴について、お伝えしておきます。



この本は、冒頭でも申し上げました通り、電子書籍です。

現在(2017年5月時点)では、Amazonの電子書籍でしか読めません。

Kindleの端末か、あるいはKindleアプリが入っているiPadかPCか、それらがないと詠むことが出来ません。

私としては、本は出来るだけ紙媒体で開いて読みたいから、書籍化しないかなあ、と、思うておるのですがね。



「仕事に効く!仏教マネジメント」は、一項目がそれぞれ独立していて、どこから読んでもOKというタイプの本です。

例えば、目次を開いて、そこから「お、これをまずは読もうか」と思われた所をクリックなりタップして、そこから読み始めるというのも宜しいかと存じます。

また、1つ1つが独立して学べる本であるがゆえに、「今日はここを読もう」と、徐々に読むという読み方もしやすい本です。

朝のちょっとした読書時間や、夜寝る前の10分間だけとか、そのような細切れ時間にも読めると言うのが、有り難いところです。



表題・本のタイトルが「仕事に効く!仏教マネジメント」とありますが、是も冒頭で申し上げた通り、ビジネスや仕事だけではなく、人生の妙薬ともなり得る本で御座います。

実際に私も、うつ病が特に酷い時代にこの本と出会っていたら、鬱の波も善い方向となる度合いや時期の早まりも、あったやも知れません。



毛色・特色としては、ビジネスビジネスしている本でもなく、かといって無関係でもなく、仏教・仏法を学べるけれども、ゴリゴリと仏説を押している事もありません。

私は「仕事に効く!仏教マネジメント」を、「ビジネスパーソン、仕事人の仏教入門書としての役割も担える」、そのような易しい仏教書である、という味わい方をしております。

「仕事に効く!仏教マネジメント」で学んだ事の紹介:悩む人、悩まない人

「仕事に効く!仏教マネジメント」は、どこから読んでも仏法に触れる事が出来て、ビジネス・仕事にも活かせる智慧を頂く事が出来ます。

今回は、その中から一つだけ、一項目だけ紹介する事に致します。

詳しくは、「仕事に効く!仏教マネジメント」を手に入れて、読んで頂ければと存じます。



今回紹介致します話は、最初の項目「悩む人、悩まない人」です。



これ、私がうつ状態で、倒れて心療内科のお世話になる前のタイミングで読んでいたら、倒れるに到らなかったかもしれない、という救いを頂けた話であります。

もっとも、「もしもあの時」という「たられば」に執着する事は、仏教でいうところの「愚痴」であり、過去への執着になりますから、ここに気づいて戒めるところでありますがね。



「悩む人、悩まない人」は、私のような生真面目な性格・性質の人や、HSP(過敏な人)にとっても、智慧の項目です。



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悩む人、悩まない人:「マンペンライ」と「クリアット」

プラユキ・ナラテボーさんが副住職をされているお寺があるタイでは、困った事があっても、それに執着する事無く、「マンペンライ」と言って、何事もなかったかのように過ごされる人がいるそうです。

もちろん、個体差はあるでしょうが、そのような性質の方が多いのだとか。



一方、日本では、私の様な生真面目な人や、人の事をきちんと観る配慮が出来る人は、往々にして「クリアット」という状態になる事がしばしば御座います。

「悩む事」は、善い作用、善き縁となることもあるのですが、これが酷くなると、私の様に睡眠障害を発して体にも変調を来し、そこからうつ病になる事さえ御座います。



ここで、「マンペンライ」と「クリアット」という、タイ語を学んでいる人やタイに言った事がある人、そういった事情が無い人にとっては聞き慣れないであろう言葉が出て来ましたね。

話を進める前に、この言葉を整理しておきましょう。



「マンペンライ」とはタイの言葉で、日本語に訳すと「大丈夫、気にしなさんな」という意味です。

「クリアット」もタイの言葉で、日本語に訳すと「心配しすぎ、考えすぎ」という意味です。



タイの人は、仏教が根付いていて、プラユキ・ナラテボーさん曰く南国気質でおおらかであるとよく言われている事もあってか、「マンペンライ」を、タイでは頻繁に耳にするそうです。

タイでは、自らの人生を自らの手で強制終了する人の率が、4分の1という事も、この事が関係している可能性があります。

「マンペンライ」の智慧は、私の様なうつ病を経験している人や、うつ傾向にある人、HSPの人にとっては、それを緩和する善き智慧である、そのような味わいを感じたもので御座います。



一方、日本の現代社会、娑婆世界というものは、何かと心配毎が御座います。

まさに「クリアット多き社会」と言っても、過言では無かろうかと存じます。



私が思うに「未来志向=善」という風潮も、未来を見過ぎて現在が疎かになり、それが悪循環となって、未来を過度に心配しすぎるという事も、悩みの生起の現象としてありましょう。

この辺り、自己啓発系の安易な未来志向の植え付けに、待ったを掛けたいところであるのですがね。



もちろん、未来志向の全てが悪い、とは申しません。

「自他の抜苦世楽」を前提とした未来を視野に入れる事は、大切な事で御座います。

しかし、「未来志向」ばかりに偏り、度が過ぎてしまうと、「これをしないと、悪い事が起こるのではないか」という、悩みの輪廻を経巡ることになりかねません。



また、「今、ここで、頑張らないと。いつやるの、今でしょ!」が、あまりにも度が過ぎるのも考えものです。

いや、林修先生をディスっているわけではありませんからね。

仏教も、「今、ここ」を大切にしていますし、手動瞑想も「今、ここ」に戻って来る瞑想法ではありますから。

ただ、「今、ここで、100%の力で、頑張らないと!」を、四六時中やり続ける、というのが、アンバランスであるという話です。



もちろん、100%継続して活動することも、時には必要な世の中です。

それは否定しませんがね、それ「だけ」になってしまうのが、これまた宜しくない。

これが行き過ぎると、「今、ここで頑張れない自分は駄目な奴なんだー。」と、自己否定になり、頑張れない自分のふがいなさが「悩み:クリアット」となる悪循環、という事になりかねません。



「今、ここで頑張る」のも大切ですが、「今、ここでは休む時」も無理すると、身心に変調を来します。

実際私は、心身に変調を来しましたからね。

「クリアット」に気づき「マンペンライ」と受容する気づきの瞑想

そうはいっても、「じゃあ、どうやってクリアットに気づいて、マンペンライになれるのだ?」という問いも御座いましょう。

そこで、「クリアット」の苦を抱えている自己に気づき、「マンペンライ」と自己否定せずに現状をきちんと受容して洞察する智慧に、気づきの瞑想が御座います。

プラユキ・ナラテボーさんの教えて下さる瞑想は、「今、ここ」を大切にしながらも、「オッケー」と言う受容有りきの瞑想です。



「クリアット(悩みすぎ)」の因となる事、未来の心配事や過去の嫌な事への執着が沸いてきても、「マンペンライ(オッケー大丈夫)」と、受容する。



そうして、気づきの智慧が習慣となると、「クリアット」がやってきても「マンペンライ」で、自己否定をする前に、気づいて止める事が出来ます。

「仕事に効く!仏教マネジメント」にて、プラユキ・ナラテボーさんはこのように説いて下さっています。


最新の認知行動療法の知見によれば、「反芻思考」というものが不安障害やうつ病を発症、持続させてしまういちばんの要因となってきたそうである。

(中略)

少々の抑うつ気分が生じてきても、そこで思考を停止させてサッ流せば問題がないということが分かってきたのである。

まさに、抑うつ気分が「マンペンライ」になるか「マンペンライ」で済ませていけるかが、「悩む人」になるか「悩まない人」になるかの分かれ目ということになる。

※プラユキ・ナラテボーさん著「仕事に効く!仏教マネジメント:悩む人、悩まない人」より引用



これは、私の様に思い悩む度合いが強い人の場合、本当に「ああ、あるある」と、実感としてもっている話ではないかとお見受け致します。

実際、私はこの部分を読んで「ああ、私のことだ、鬱状態ではまさに、この「思考の反芻」、仏教的に言うならば「愚痴思考(愚かな考え)の輪廻」をしていたなあ、と思うたものです。



今は、プラユキ・ナラテボーさんから手動瞑想や歩行瞑想といった、気づきの瞑想を直接教わり、それを日常の中に組み込んで実践し続けて居るためか、気づきの頻度も上がってきております。

そして、その智慧と力があってのことでしょう、陰鬱としたり悩みすぎになりそうなとき、「あ、今クリアットになっている」と気づき、「オッケー、マンペンライ」と、言えるようになってきました。

もちろん、それがいつも上手く行くわけではありませんが、行く時も出てきたのは確かです。



「クリアット」から、気づいて受容する「マンペンライ」を経て、それがいつしか「マンペンライ」が日常となる。



そのようになれば、日暮らしの様相も、良い方を向くのではないかと頂いております。


「マンペンライ」と「クリアット」はバランス良く:指標となる教え「中道」と「自他の抜苦世楽」の方向

ここで、「仕事に効く!仏教マネジメント」の中で、プラユキ・ナラテボーさんも注意して下さっている、注意点をば。



確かに、「マンペンライ」で、「大丈夫、気にしない気にしない」と、一休さんではありませんが、気にしすぎない楽観的な思考になれば、生きやすくなる事にも繋がるでしょう。



ただ、ここで大切な事は、だからといって「マンペンライ一辺倒」になることを、勧めてはいない事です。

この辺り、きちんと日本の娑婆世界についても考慮して、プラユキ・ナラテボーさんは教えて下さっています。



日本のビジネスの現場、仕事のやり取りにて、全てが「マンペンライ」で済まされない事は、仕事をされている人ならば、よくご存じであろうかと存じます。

例えば、食事処で店員が誤って、あなたにお茶をばしゃーんとひっくり返したとしても、それを店員側が「マンペンライ」と言って何事もなかったかのように振る舞ったら、あなたはどう思われるでしょう。

私は「こういう御縁もあるのだなあ。」くらいには思いますが、人によっては「何すんだこんちくしょー!」と、怒られるかと存じます。

また、待ち合わせ時間に遅刻したのに、「マンペンライ」と、悪びれることなくやり過ごされたら、それが大切な仕事の事であったら、どう思われますかね。



タイでは、そういう事は結構あるらしく、日本からタイへ行かれた人は、困惑することもしばしばあるそうです。

「え、そこ謝るところじゃないの?」と。



そこで、「マンペンライ」と「クリアット」のバランスが大切である、と、本書でプラユキ・ナラテボーさんはヒントを下さっていて、私もそれは常々感じている事に御座います。



「気にしなさすぎ」は、「鈍感」と言い換えられます。

ビジネス・仕事はお客様とのやり取り、つまり人と人とのやり取りですから、あまりにも気にしなさすぎで鈍感であると、支障を来します。

「マンペンライ一辺倒」では、現在の日本社会においては具合が悪い。



かといって「クリアット一辺倒」、気にしすぎると「悩みすぎ、取り越し苦労・杞憂」となります。

「クリアット」にならない程度の「気にする」は、言うなれば「おもてなし」であったり、お客様を慮る能力でもあります。

「適切・適度な気にする能力」は、配慮やおもてなしに通じます。



この「マンペンライ」と「クリアット」を、智慧によって上手に両方をバランス良く取り入れた在り方を、プラユキ・ナラテボーさんはこのように説いて下さっています。


(前略)

マンペンライとクリアットという日タイ両国民の精神的特性が組み込まれ、さらに洗練させたニュアンスがあるとは言えまいか。

それは心のレベルにおける「吸収合併、再編プロジェクト」と言ってもよいのではないかと思う。





ここで、ビジネスシーン(仕事の場面)や、経済報道でよく見聞きする「吸収合併」や「再編」「プロジェクト」という言葉を使われている辺り、ビジネスパーソンに向けての言語を効果的に使われているなあ、と感じる所であります。

流石は「対機説法」なり。合掌。



私はここまで読んで、「マンペンライ」と「クリアット」を、バランス良く上手に取り入れる事に、「中道(ちゅうどう)」の智慧を見出しました。

「中道」とは、仏教ではおなじみと言っても良いくらいの教えであり、私は「両極端にならず、バランス良く」という語感・ニュアンスで頂いている仏法です。

更に詳しく言うと、「どちらも否定するのではなく、どちらもある事を知った上で、そのバランスの良い場所にいる」ということです。



「マンペンライ」と「クリアット」を、「中道」によって具合が悪くなるような偏り方をしないように、上手に取り入れる。



これが、丁度良い塩梅ではなかろうかと、私は頂いております。





「仕事に効く!仏教マネジメント」はビジネス・仕事と人生に効く妙薬なり

今回は、プラユキ・ナラテボーさんの電子書籍「仕事に効く!仏教マネジメント」について、一項目を使って紹介致しました。



「仕事に効く!仏教マネジメント」は、掲載されていた媒体が、ビジネスパーソン向けだった事から、松下幸之助さんの言葉を引用されたり、時事の話も盛り込まれております。

ビジネスパーソンにとっては、読みやすい仏教書ではなかろうかと言うお味わいで御座います。

すぐに仕事の成果になって、すぐにお金が稼げる、という本ではありませんが、長く付き合える書でありましょう。

もちろん、センスのある人は、現世利益(利益:収益の事)をすぐに頂くという果の因となる書に使われるでしょうけれどもね。



そして、仕事に活かせる仏教の話はもちろん、人生の妙薬としても味わえる仏教の話も多々あります。



尚、「仕事に効く!仏教マネジメント」と共に、「自由になるトレーニング」も読まれると、宜しいかと存じます。

この二冊は、相性が良い仏教入門書的な味わいのある電子書籍です。



参照記事:「「自由になるトレーニング」読書感想文|プラユキ・ナラテボーさんとイケダハヤトさんとヒビノケイコさんの対談本を読了しました」

参照記事2:「「自由になるトレーニング」から学んだ事と感想文続編|入り口の一冊にとなる仏教入門書」



「自由になるトレーニング」は、特に「タムキット・タムチット」の部分を、「仕事に効く!仏教マネジメント」の「マンペンライ・クリアット」の項目とセットで読まれると、更に理解も深まり、活用も出来ましょう。



その他、瞑想関連の本はこちらです。



参照記事:「「悟らなくたって、いいじゃないか」という本は、コンサルタントや教育者の必読書」

参照記事2:「「脳と瞑想」から「意味付けの中継地点」を学ぶ|自己啓発の不十分な点を補うプラユキ・ナラテボーさんと篠浦伸禎さんの良書」

参照記事3:「マインドフルネス瞑想をするなら読んでおきたい3冊の本」

参照記事4:「うつ病で休職時に不安だった時に読んだ本|「苦しまなくて、いいんだよ(プラユキ・ナラテボーさん著)に救われた体験談」



「仕事に効く!仏教マネジメント」から、仏縁結ばれて、善き縁となられましたら、大変嬉しゅう御座います。



それが良い方向へ歩む一歩となり、現世利益の果となるビジネスライフを営まれるに到れば、良き事なり。



もちろん、そのビジネス・仕事は、自他の抜苦世楽や自利利他円満でありますように。



合掌、礼拝

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