文系がプログラミングの苦手意識を克服する具体的な2つの方法|仏教者である私の場合

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。

プログラミングの世界を覗いた時に、良く聴かれる話として、このようなものがあります。
「自分は文系だから、プログラミングが苦手だと思う。」

文系だからという理由による、プログラミングに対する苦手意識というやつです。

実際に、「文系」と「プログラミング」という言葉で検索すると、その事に関連するブログなり情報が沢山出て来ます。

文系の人がプログラミングの苦手意識を克服するための体験談なり方法論が、これだけ見受けられると言う事は、やはり需要があるという事の現れで御座いましょう。

プログラミングをしたいけれど、学びたいけれど、自分は文系だから、と一歩踏み出せずにいる人にとっては、心強いものであります。



かくいう私も、ばりばりの文系育ちとも言える中、プログラミングを独学習からはじめておりましてね。

そのような私が、今もプログラミング学習と実践が続いている事の具体的な方法を、お伝え致します。

あくまで、私という在家仏教者の場合・ケースではありますが、上手いこと活用して頂き、文系だからという理由でプログラミングの苦手意識を克服して頂ける一助となりましたら、嬉しゅう御座います。

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そもそもプログラミングに文系も理系もあるのだろうか?

文系はプログラミングが苦手、という苦手意識や敬遠される理由というものは、一般常識的な雰囲気が御座います。

何か、こう、「文系はプログラミングが苦手で有る事は当然である」と、そんな感じです。



確かに、PC操作であったり、情報処理の世界は、理系的な空気があるのは、私も感じるところではあります。

ただ、私は仏教的な在り方も関係しているでしょうが、「プログラミング=理系」という決めつけ・ラベリングそのものに対して、問いを発するわけでありますがね。



大体、プログラミングは理系の世界のものだ、と、どこで誰が決めたのでしょう。

そもそもとして私は、プログラミングの世界に入る前に、こんな事さえ考えたものでありますよ。

「プログラミング言語、つまり「言語」と言っているのだから、言葉を学ぶようなものではなかろうか。」

学術的には間違っているかも知れませんし、なんとも短絡思考と言われればそうでしょうが、これが上手いこと作用してくれましたね。



確かに、アルゴリズムだとか論理的な思考などは、理系的な感覚感性であったりセンスもありましょう。

一方で、言語に対するセンスがあれば、ばりばりの文系でも、文系だからこその接触・アプローチによって、プログラミングが出来る可能性も、私は見出しております。

見出しているだけであって、実際にどうなのかは、私を使って実験中というのが現状ではありますがね。



仏教においては、レッテル貼りや決めつけを戒める教えが御座います。

どちらかに偏ったり、そのことによって生じる苦手意識や錯覚を戒める禅の教えに「両忘(りょうぼう)」という教えもありますからね。

プログラミングに対して、文系だから苦手で難しいはずだ、という「はずだ論」で決めつけてしまっている人は、一度この根本的な問いを発してみることを提案致します。

「そもそも、プログラミングに文系だの理系だのあろうか?」と。



それだけでも、苦手意識克服の扉を開けたことになるかと、私には思えますがね。

文系でありながらプログラミングの苦手意識を克服する私が実践している具体的な方法

私は、大学ではCOBOLというプログラミング言語を学んだ事がありますし、BASICやC言語にも触れた事はあります。

龍谷大学では経営学部で、情報処理専攻でしたから、完全な文系とは言いがたいかもしれません。

そうはいっても、文系よりの科目が多かったものではありますがね。

それに現在は、仏教・宗教を学んでいると言う事で、文系よりに観られる事もあるかと存じます。



そんな私が、突然プログラミングを独学習からはじめて、現在もきちんと続いております。

プログラミングに対して「文系だからプログラミングは苦手なはずだ」という苦手意識も、今のところ御座いません。



そのような、苦手意識を克服している状態を支えている、具体的な方法を、ここで二つお伝え申し上げます。

これからプログラミングの世界に入ろうとしているけれども、文系だからという理由で苦手意識をなかなか克服出来ずにいらっしゃる場合、あなたがご自身に合致するように応用することを前提として、使って頂ければ幸いです。
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文系がプログラミングの苦手意識を克服する方法1:自分の好きなことや興味のある世界で翻訳する

プログラミングの苦手意識を持つ文系の人が、それを克服する具体的な方法の一つ目。



「自分の好きなことであったり、興味・関心がある事柄に結び付けたり翻訳する」



これ、実は日常であなたもやっていらっしゃる事ではありませんかね。



私の場合でしたら、今回の話に当てはめますと、プログラミングを仏教の言葉や概念、法に翻訳なり変換して、理解するようにしております。

もちろん、プログラミングと仏教に違いはありますし、完全一致というのはなかなかに難しいでしょうが、何かしらの共通項を見出すことは可能です。



例えば、Rubyでも使われるものに、「if文」や「case」というものが御座います。

ifは、「もしも~なら、結果はこうなる」というようにプログラミングしていく指令です。

これは、「(もし)是有るなら彼有り、是無ければ彼無し」という、「因縁生起(いんねんしょうき)」を見出すことが出来ます。

「縁起」や「因果」と言えば、仏教に馴染みが無い人にもわかりやすいでしょうかね。



case文でしたら、一緒に使うwhenとの関連を、因縁果で説明出来ます。

caseをまず用いて、when毎は「whenという因があれば、その縁によってputs”何何”という果が現象す」という事となります。

その他、each文やfor文といったループ処理についても、強引ではありますが、輪廻(りんね)に結び付ける事は出来ます。



私の場合は、仏教に翻訳したり変換しておりますが、翻訳する世界は、あなたが関心を持っていたり、興味を持っている世界と結び付けられると、宜しいでしょう。



これをやることで、プログラミングの苦手意識克服に、一役買ってくれる事はもちろん、物事を譬える力も養われます

そしてそのことにより、自分が関心を持っている事柄への理解にも、繋がっていくであろうと、肌感覚として持っております。

文系がプログラミングの苦手意識を克服する方法2:似た境遇の人を探したりコミュニティを活用する

文系であっても、プログラミングの苦手意識を克服するために出来る事や、具体的な方法の二つ目。



「似た境遇の人を探してみたり、余裕があればコミュニティに参加して活用する」



これは、実際に私もやったことで、コミュニティ・小社会への参加については、現役で行っております。

以前お伝え致しました、迫佑樹さんのRuby入門というプログラミング講座の御縁を賜ったのも、コミュニティに参加させて頂いて居る事によります。

参照記事:「迫佑樹さんのプログラミング講座「Ruby入門」受講体験記|東本願寺で節談説教聴聞後に行く仏教者」



私にとっては、プログラミングや技術的な事柄に関する僧伽(さんが)と勝手に位置づけて、在籍しているわけでして。

このような場所にいくと、同じ境遇の人とも出会う機会がありますし、彼らの活動を観察していると、苦手意識克服に繋がっていきます。



また、このような僧伽的なコミュニティには、善知識(その世界をよく知る先輩)的な人達から、プログラミングの学習中にわからないことを尋ねることも出来ます。

プログラミングをする上での心構えや、学習方法も教えて下さる方もいらっしゃる場合がありますから、それが苦手意識を克服する上での、格好の材料にもなり得るもので御座います。

実際に、私が参加させて頂いております僧伽的なサロンでは、最近その関連の話を運営者が提示して下さいましたからね。

有り難や有り難や。合掌。



コミュニティへの参加は躊躇してしまう、という人でも、ご安心をば。



最近は、インターネットで検索すれば、文系だけれどもエンジニアになったという体験談を読む事が出来ます。

技術系のブログが密集しているところや、プログラミングスクールの体験談などにも、文系出身のプログラマーや、文系で有りながらプログラミングの苦手意識を克服したと言う体験談も、増えてきたものです。



もちろん、体験談を出している人とあなたとは、個体は別であります。

その人の体験が、あなたに完全に当てはまる保証は御座いません。



一方で、前例となって下さった先達の体験談等から、どのように文系で有りながらプログラミングの苦手意識を克服されたのか、そのヒントも手に入れる事が出来ます。



コミュニティや、文系出身でエンジニアなりプログラマーになられた方の存在そのものが、プログラミング苦手意識克服の妙薬になり得ると言う事は、心強いもので御座います。

「文系ゆえのプログラミング苦手意識」を、改めて問う事が、苦手意識克服の一歩目である

今回は、このことについて私の体験と、実際に現在も行っている事をお伝えしながら、私の考えであったり主張もお伝え致しました。



もちろん、今回の話が、全ての人に当てはまるとは思うておりません。

そもそもとして、これを読んだ人が全員仏教に関心があるわけではないことでありましょうし、仏教徒になれとは申し上げません、ここで無理な不況はしませんから、ご安心をば。



ただ、プログラミングに多少なりとも興味があって、やってみたいという人にとって、「でも、自分は文系だから」と、一歩踏み出せずにいる人には、一歩踏み出す一助になったのではなかろうかと存じます。



仏教的な話を致しますと、今回の話を読み終えた後で、改めて「プログラミングの苦手意識は、果たして文系だからという理由は本当だろうか?」と、自己を問うて観る事です。

案外、難しそうだから、とか、面倒だからとか、怠惰が理由であったり、最初から「プログラミング=難しい」と決めつけているだけやもしれませんよ。

そして、それを「文系だから」という、わかりやすい理由付けにすがっているだけであるということも、あり得る話です。



自己を問うて、文系だからプログラミングが苦手であると言う苦手意識は、錯覚であったり幻想であると気づけたら、しめたもの。

次の一歩を、その気づきから踏み出す事が出来ます。

気づいたときに、次の一歩を錯覚や幻想ではなく、自らの意思に由って踏み出す事。



文系ゆえの、プログラミングに対する苦手意識を克服し、あなたの人生にとって、建設的な次なる一歩となりましたら、大変嬉しゅう御座います。



合掌、礼拝

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