断捨離依存症と瞑想難民の共通点と対策|消耗するだけではなく生活出来なくなります

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。

本屋に行くと、断捨離の本と瞑想の本が揃っておりまして、どちらも初学者向けの本も出ていることから、随分と学びやすくなったものです。
私も、思い返せば「あれは断捨離だったな」と思う事をしておりまして、瞑想も継続しております。



いきなり、断捨離と瞑想の話をしておりますから、なんのこっちゃ、と思われる方もいらっしゃるでしょう。

断捨離と瞑想は、どちらも仏教と親和性がありまして(そもそも瞑想が仏教由来の行)、同時に陥ると危険な事も御座います。

更に、現代特有の症状と言いますか、現代だからこそ増えてしまう事柄もありまして、断捨離と瞑想にその共通点を見出しております。

断捨離ならば、テレビで某芸能人の話でも話題になった「断捨離依存症」が、瞑想ならば「瞑想難民」というのが、その落とし穴をわかりやすく一言で表現した言葉です。



断捨離依存症と瞑想難民には、私は共通する部分があると観ております。

その共通点を探り、断捨離依存症に陥らない智慧を育む事に致しましょう。

「断捨離は素晴らしいことだ」と、盲信している人は、断捨離依存症に陥る一歩を踏み出している可能性が御座いますから、要注意。

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断捨離依存症と瞑想難民の共通点1:分母が増えれば、そりゃなる人も増えるという時代の性質(さが)

冒頭でお伝えしました通り、断捨離と瞑想についての共通点として、前提となる事は、「情報量が増えている」ということです。

本屋だけではなくて、インターネット上でも、玄人素人関係無しに、断捨離と瞑想の情報は溢れておりますね。



試しに、「断捨離依存症」だとか、瞑想についての言葉を使って、検索してみて貰えればわかります。

恐らく、断捨離依存症についてでしたら、某芸能人の病的なまでの断捨離についての事柄が把握出来ます。



私も試しに読んで観ましたけれども、物欲や物質に対する執着心を通り越して、断捨離と言う概念そのものにとりつかれたような、そんな感覚を見出しております。

断捨離を一所懸命にやっていることが、実は物欲に囚われて執着しているということの現れでもあり、それに気づいていないという事も、断捨離依存症の特徴では無いかと、読んで観て思いました。

まあ、これは素人である私の感想に過ぎませんがね。

私の感想はさておき。



断捨離依存症と瞑想難民についての話が、見聞きされるようになった背景には、単純に情報量が増えたことにより、衆生に届きやすくなったからです。

要するに、実践する人が増えた、分母が増えたために、不具合が出る人の確率も上がった、という話です。

このことは単純明快、実践者が増えればデータも増えますし、そりゃ不具合が出る人も増えますわな。



例えば、初学者が綴った素人の断捨離日記ブログを読んで、それで断捨離についてきちんと体系化された事柄を学ばずして、初学者の日記ブログだけの情報で、始めてしまう人も中にはいらっしゃるでしょう。

瞑想もまたしかり、瞑想初学者が「瞑想したらすっきりしたかも、だから瞑想は素晴らしい、あなたもやってみて!」なんて情報も、見かける事が御座います。

私はこういう事をきちんと考え、瞑想の話をするときは、「瞑想は、必ずきちんと伝導出来る伝導者の元で、一度は必ず学ぶ事が望ましい。」と、必ず注意申し上げております。

参照記事:「マインドフルネス瞑想の3つの注意点と解決方法|瞑想で消耗しないために」



必要であれば、瞑想について何十年も実践と研究をしている方の本も、紹介させて頂いておりますからね。

私のブログでしたら、主にプラユキ・ナラテボーさんの本が多めですし、実際に読んで実践し続けております。



更に、きちんと瞑想難民に陥らないための注意点も、盛り込んで下さっている本を、最初の方で紹介しております。

参照記事:「マインドフルネス瞑想入門にプラユキ・ナラテボーさんの本や講座が良い2つの理由」

参照記事2:「マインドフルネス瞑想をするなら読んでおきたい3冊の本」



安全装置有りきで、と、頻繁に言っているのは、今回話しますような落とし穴に、あなたが嵌まらないようにするための智慧でもあるのです。



確かに、断捨離も瞑想も、現在は具体的なやり方や実践方法についての情報は、簡単に手に入ります。

しかし、それゆえに安全装置を学ばずに薄い理解で始めてしまい、結果として断捨離依存症や瞑想難民になってしまう、と言う事は、あり得る話です。



初学者・初心者用の本や断捨離ブログを参考にするのは結構ですが、それだけに執着せずに、自己を顧みながら情報の読み方にも、注意すべきでありましょう。

断捨離依存症と瞑想難民の共通点2:良いことだと盲信してしまう

断捨離依存症と、瞑想難民について、共通する点の二つ目は「良い事であると盲信してしまう」という事柄です。



断捨離と瞑想は、確かに良い作用も御座います。

御座いますが、「断捨離」も「瞑想」も、それ自体に善悪はありません。

断捨離も瞑想も、それ自体に善し悪しがあるわけでは御座いません。

ここを勘違いしてしまったり、誤解して深みに嵌まってしまう人も御座いますから、ここできちんと申し上げておきます。



もしかしたら、あなたは周囲の人から「断捨離したらすっきりした、だからあなたもやってみな。」なんて、誘われたことはありませんかね。

「こうすればこうなって、良かった」と。

こういうお誘いは、確かに参考になるもありますが、それを無防備に信じ込んだり盲信すると、人生を消耗したり、大切なものを失いかねません。

自己啓発系詐欺師や、なんちゃらビジネスコンサルタントは、こういう事を全く理解せずに、お客様を洗脳して集金しているから、私は自覚的にごちゃごちゃ申し上げているのですがね。



これは国語と言いますか、言葉や概念の捉え方の勉強になりますが、次の文章をきちんと理解する必要が御座います。



「断捨離をしたらすっきりする。」
「断捨離をしたからすっきりした。」



断捨離をしてすっきりしたと言って、それが素晴らしいからあなたにもやってみて、と誘う人は、下の文章を用いてあなたを誘っています。

しかし、よく考えたら、もしかしたらよく考えなくてもおわかり頂けるかと存じます。



断捨離してすっきりしたのは、あくまで実践したその一個人における結果論であって、断捨離したら全ての人がスッキリするわけではありません。

「断捨離は良い事だ」と言っても、万人に絶対的に良いかどうかは、原理的にわからんでしょうに、検証しようもありません。

統計学的には数値を出せるかも知れませんが、70億人全員を検証することって、出来ますかね。



そもそも、「断捨離は絶対的に良い事だ」なんていうのも、錯覚です。

そして、これは瞑想にも言える事です。



確かに、断捨離も瞑想も、結果として良い作用があるのも確かです。

断捨離をしたり瞑想をすると、心が落ち着いたりすっきりするという効果と、御縁がある人もいるでしょう。



しかし、全員に絶対的な効果として顕れるわけではありませんし、人によっては断捨離の方法や瞑想指導者との相性によって、体調不良になったり陰鬱とする可能性だってあります。

断捨離と瞑想それ自体に、良いも悪いもありません、たまたま良い作用を実感した人の口コミも多く、「断捨離は良い」というイメージが付きやすい世の中である、というだけの話です。



もしも、「断捨離は良い事なんだ」という前提を持っていたり、盲信しているのではないかと問われて「ドキっ」とした人は、一度その前提をきっちりと考え抜いてみるべきでありましょう。

それが仏教的な問い方であり、断捨離依存症にならないための智慧です。



「こんなに断捨離しているのに、良い作用がちっとも現れない」という状態は、既に断捨離依存症になっている可能性が御座います。
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断捨離依存症と瞑想難民の共通点3:ゲイン(得られるもの)を求めすぎて頑張りすぎ

断捨離依存症と瞑想難民に共通する、依存症になる原因の三つ目は、これです。



「ゲイン(得られるもの)を求めすぎて頑張りすぎる」



断捨離や瞑想をする人には、何らかの目的があるかと存じます。

断捨離や瞑想に限りませんが、結果を求められがちな現代社会では、何かをするときに、何かを得るという目的を持って行う人が、圧倒的に多いことでありましょう。

それゆえに、合理的でなく非合理な事は、あまりやりたがらないという人が増えていく傾向を、私は感じておるのですがね。



しかし、これが落とし穴です。



断捨離も瞑想も、確かにすることによってゲイン(得られるもの)は、あるにはあります。

ありますが、上で話してきたことと共通しますが、ゲインはあくまで「結果論」です。

断捨離してスッキリしたり、瞑想して思考がクリアになった、というのは、あくまでもやってみた、継続した事による結果論です。

しかも、その結果に到る確率は、100%ではありません。



そのことをわからずに、「断捨離をすれば絶対的に幸せという結果を得られる」と、盲信してしまっていると、断捨離依存症に陥ります。



更に現代社会は、内蔵時間が短くなっているために、ゲイン(得られるもの)に到達する時間を短く設定してしまいがちです。

「断捨離しても全然すっきりしないじゃん!もっと捨てなきゃ!」と、なったら、さあ大変。

生活が上手く行かなくなるレベルまで断捨離して、生活が上手く行かない事からストレスがたまる、改善しようともっと断捨離を、と、断捨離依存症の出来上がりです。



そもそも、物を捨てて幸せになるかどうかは、やってみないとわかりません。

物を捨てたことで「やっちまった」と後悔してストレスを溜めることもあるという可能性が、全く見えていない近視眼的な見方に陥っていると、断捨離依存症になる可能性が潜んでおります。



瞑想難民になってしまうのも、この仕組み・メカニズムが御座います。



瞑想をしても、怒りを覚えることがあるし、イライラすることもあるし、全然瞑想の効果を実感出来ない。

やり方が間違っているんだ、と、「瞑想を頑張りすぎる」という状態になり、更に上手く行かなくなり、最後には陰鬱として生活に支障を来すレベルの瞑想難民に陥ってしまう。

こういう現象で苦しむ瞑想難民の実例は確かにあると、プラユキ・ナラテボーさんから直接伺いました。



「断捨離の効果、断捨離をすることで幸せになれる」という、ゲイン(得られるもの)ばかり観ていると、断捨離依存症になる可能性を高めてしまいます。



そうならないために、ゲインを求めすぎない智慧を育む事が肝要です。

断捨離依存症にならないために:断捨離それ自体に善悪はなく、無理して頑張る事ではない

それでは、断捨離依存症にならないためには、どうすれば良いのか。



ここまで、断捨離依存症と瞑想難民の共通点を探ってきた話を読んで頂ければ、勘の良い方なら、すでに把握されているかと存じます。

共通する具合が悪いことの、逆を辿れば良いのです。



例えば、一つ目の具合が悪い共通点は、情報過多の時代で、断捨離の情報を手に入れやすくなって実践しやすくなった反面、無防備に情報収集したり断捨離を始めてしまう、という事を、改善すれば宜しいかと存じます。

考え無しに情報に触れることは慎み、断捨離をする際の注意点や、陥りやすい罠、断捨離依存症にならないための安全装置も、きちんと学んでおくと言う事が、断捨離依存症に陥らない智慧で御座います。

また、良い事だと盲信せず、「断捨離そのものに善悪はない」と、きちんと把握する事が肝要です。

そして、それと関連が深いことに、断捨離のゲイン(得られるもの)についても、あくまでゲインは結果論の話であり、過度に期待しないことです。



これれは、言われてみれば基本的な事でありましょうが、言われないと気づかないのが、人というものですから、ここで申し上げておきます。



ただ、私は今回申し上げた不具合にとりつかれたり、言われないと気づかないレベルにまで、断捨離を良きものや概念、業であると盲信してしまう事は、あなただけの責任ではないと思うのですがね。

断捨離は、現在はビジネスにもなっており、断捨離セミナーや断捨離教室もありますし、本も沢山出ております。

セミナー講師も著者も、商売・ビジネスでやっているという側面がありますから、どうしてもゲインを前面に出して宣伝してきます。

それこそ、「断捨離は素晴らしい!いつやるの、今でしょ!」という勢いで。



向こう(断捨離を商売にしている側)も、生活がかかっておりますからね。

「断捨離は素晴らしい、異論は認めない」くらいの勢いで、妄念を植え付けるような輩が出るのも、わからんでもありません。

こういう背景を見ると、断捨離依存症になってしまうのは、断捨離依存症になった人だけの責任として切り捨てきれない感性を、私は持っております。



だからといって、その予防策であったり、安全装置をきちんと学ぶ事を、疎かにして良い言い訳にはなりません。

宣伝側が、きちんと安全装置を盛り込んでいるかどうかは、こちらが確かな智慧と目で見定める事は肝要です。



そして何より、自身が断捨離依存症にならないために、今回の話を深く学んで頂き、土台を築いて頂ければ、嬉しゅう御座います。

今回話してきた事は、瞑想の話もしたことから、瞑想の安全装置にもなり得ますし、その他にも転用できる智慧ですからね。

抽象度が高い話であるという自覚は御座いますが、あなたが人生を消耗しない一助になるであろうと思います。



合掌、礼拝

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