御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。
前回は、プラユキ・ナラテボーさんから直接教わった、手動瞑想と歩行瞑想についてお伝え致しました。
瞑想それ自体は、正しく実践し続けることで、プラユキ・ナラテボーさんが大切に教えて下さる「良き縁」に繋がっていきます。
しかし、マインドフルネス瞑想について、「安易な瞑想は危険である」だという意見もあり、体験者として私も賛同している意見で御座います。
この辺り、「瞑想難民」という言葉を用いて、魚川祐司さんという著述家・翻訳家の方が、きちんと解説して下さっています。
私も、同志社大学で魚川祐司さんとプラユキ・ナラテボーさんの対談を直接聞いたり、マインドフルネス瞑想会で直接注意点についても教わって参りました。
マインドフルネス瞑想には、瞑想難民にならぬための正しい知識と智慧が御座います。
今回は、その中から特に3つにしぼってお伝えしていきます。
Contents
マインドフルネス瞑想の注意点と解決方法1:独りよがりの瞑想で不安解消どころか不安が深まる
マインドフルネス瞑想の注意点としてあげる一つ目は、:独りよがりの瞑想により迷走する・瞑想難民化してしまう
ことです。
現在は、本屋や動画に行けば瞑想についての方法は、手軽に知る事が出来ます。
前回の話でも、瞑想についての具体的な方法については、動画を紹介しましたね。
私は、瞑想はプラユキ・ナラテボーさんから直接教わっており、動画は復習に使う事が御座います。
しかし、その手軽さ故に起こり得る「自分の目的地とは全く間違った瞑想による迷走」や、困った事になってしまうのも、また事実として御座います。
特に是は、私も経験がありますけれども、生真面目な人は不安解消どころか、不安感を増幅する不安の種にまでなってしまう恐れがあるのです。
例えば、不安解消のためという目的があり、マインドフルネス瞑想が良いらしいという情報を手に入れたとします。
そうすると、本屋でマインドフルネス瞑想の本を買ったり、動画で学んで始められるでしょう。
しかし、真面目な人の場合、だんだんと「これで、本当にあっているのかな?」と、自分がきちんと出来ているかどうかの不安がふつふつと湧いてきます。
私は、本でプラユキ・ナラテボーさんの瞑想を実践してはおりましたが、この「本当に出来ているのかどうか」という、一抹の不安はずっと残っておりました。
うつや不安解消のために始めた瞑想が、逆に不安の種となっていた実際の事例と言えましょう。
私の場合、坐禅を禅宗のお坊さんから直接教わっており、その時に独りよがりな坐禅・禅として「野狐禅(やこぜん)」という事があるのも、教わっておりましたから、独りよがりの瞑想だなあ、という不安感や感性があったのです。
私の事例では幸いにして、地元でプラユキ・ナラテボーさんの講演会とマインドフルネス瞑想会が開催されたから、直接教わる事によって不安解消に到りました。
もしも独学で瞑想を実践されていて、私が体験したような「独りよがりで正しく出来ているかどうか不安」と感じられた方には、きちんと対処法が御座います。
それは、
「適切な指導者の元で、きちんと直接マインドフルネス瞑想を受ける」
です。
瞑想の実践において、私は常々「まずは指導者から直接指導を仰いでから、本や動画は復習と理解を深めるために使うのが望ましい」と申し上げております。
これから瞑想を生活に取り入れようという人は、まずはこのことを覚えて置いて欲しい、そのように提言致します。

マインドフルネス瞑想の注意点と解決方法2:適切な瞑想指導者に教わる事
マインドフルネス瞑想の注意点の二つ目は、:教わる場合は適切な指導者に教わる事
です。
瞑想を始める場合、「自分の瞑想目的にきちんとマッチしているかどうか」という事を前提としていることが大切です。
そして、指導者選びの際も、この前提があるかなしかで、結果が大きく変わってきます。
この辺り、瞑想の地図や目的に応じてという話は、こちらの本が参考になります。
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この本では、適切な瞑想指導者について、その選び方についても書かれておりますから、瞑想をこれから始めようという人の地図であったり、目安になり得る本です。
これを踏まえた上で、適切な瞑想指導者の際、平たく言えば「自分と指導者との相性」を見極める事が大切です。
これは、最初はなかなか感覚が掴めずに難しいでしょうけれども、自分と相性の良い教え方と、瞑想指導者その人との相性を観ていくのが、一つのポイントです。
学校経験がある人だったり塾や予備校で経験している事が、ヒントになるかと思います。
目安としては「自分にとって教え方が上手で、尚且つ人として相性が良い」という指導者であるかどうか、です。
もちろん、思いっきり修行する気で瞑想に取り組むなら、いわゆるS気の強い指導者に、あえて飛び込むというのも一つの方法ではあります。
しかし、最初の段階でそれをするのは、私は得策とは思えませんから、上であげた目安を一つのヒントとして活用されるのが宜しいかと存じます。
生活の中で活かし続けて、苦の緩和が目的である瞑想ならば、進んで叩かれるような瞑想指導を受ける事もありますまい。
また、「瞑想そのものとの相性・手法」についてですが、これも誰々のどのような瞑想が自分に適しているか、を、きちんと見極める必要があります。
例えば、鬱(うつ)や不安解消のために、瞑想を生活に取り入れたいという場合で、更に具体的な教え方をして欲しいという場合だったとします。
その時に「ただ、坐るのみ」と言われて、具体的な教え方をされなかったら、不安解消どころか「え?これで本当にいいの?」と、不安が増幅されるだけです。
私の実体験としては、不安解消に力になってくれる瞑想は、実績も考慮してプラユキ・ナラテボーさんの手動瞑想や救い型瞑想が、相性が良いかと存じ上げます。
このように、自分の目的に合わせて、瞑想手法もきちんと学び実践する事が望ましいでしょう。
対策としては、とにかく最初の内は、幾つかの瞑想や坐禅会に行ってみて、相性の良い指導者と瞑想を見ていく事です。
時間とお金もかかりますが、その分良き御縁に巡り会える確率を上げることが出来ます。
マインドフルネス瞑想の注意点と解決方法3:マインドフルネス瞑想に幻想を抱きすぎない
マインドフルネス瞑想の注意点の三つ目は、:マインドフルネス瞑想に幻想を抱くべからず
です。
これは、特にテレビや本でマインドフルネス瞑想の効果効能が、大きく報じられているがゆえに、起こってきている現象です。
また、マインドフルネス瞑想の注意点と解決方法の二つ目でお伝えしました事に関わってきます。
例えば、これは魚川祐司さんも提言して下さっている事ですが、どうもマインドフルネス瞑想に、「瞑想すればビジネスで成功する」という効果を期待している人もいらっしゃいます。
特に自己啓発的な色が濃いタイプのマインドフルネス瞑想の本で、顕著に見られる話です。
これは、仏教や他の宗教にも言える事ですが、瞑想をしたり仏教を学んだからと言って、直接的にビジネスで成功する事は御座いません。
マインドフルネス瞑想で成功する、という事はゼロとは言いませんし、マインドフルネス瞑想をしたことによって、ビジネスで成功したという結果に到るのは、結果論としてはあります。
でも、それはあくまで結果論であり、そこに到るまでのプロセス・過程を見過ごされがちです。
マインドフルネス瞑想をすると、「今、ここで何をすべきか」が、明確に分かるときがあります。
他のことに気を取られそうになって、危うくミスしそうになっても、「今、ここで何をすべきか」に気づき、次の一歩を成功する方向に進めることは可能です。
そういった効果がありますから、マインドフルネス瞑想がビジネスの成功に無関係とは言いません。
しかし、その過程をすっ飛ばして、「マインドフルネス瞑想をしたことによって、ビジネスで成功したんだ」というのは早計ですし、錯覚と言っても良いでしょう。
霊感商法などで観られる、「この財布を買ったから、頭痛が治りました」とか、あのような誇大広告と類似している思考パターンです。
そもそもとして、経済的な課題やビジネスの課題は、経済活動やビジネスによって解決すべき事です。
瞑想で万事解決、なんてことは幻想も甚だしい、まさに瞑想ではなく幻想です。
マインドフルネス瞑想が、補助的な智慧として機能することはありましょうが、マインドフルネス瞑想をしたから全てが成功した、なんて結び付け方は強引過ぎます。
最近の本屋テレビなどのメディアによる、マインドフルネス瞑想の紹介のされ方には、このような誤解を生んでしまう危険が御座います。
それこそ冷静に気づいて、注意深く観ていく事が大切です。
この注意点における解決方法としては、「メディアの紹介の仕方に踊らされない」ということです。

マインドフルネス瞑想の注意点を把握して瞑想で消耗しない智慧を育みましょう
きちんと相性の合った指導者の下で、マインドフルネス瞑想を学び実践する事は、瞑想難民にならない確かな智慧で御座います。私の場合は、運良く、相性も良くて仏教・仏法と共に、私に適切なマインドフルネスや瞑想を教えて下さるプラユキ・ナラテボーさんとの御縁がありました。
これから瞑想をされる方は、上記の注意点を踏まえた上で、禅宗の雲水さんの如く、適切な指導者との御縁を賜るように、幾つかの瞑想会や瞑想講座に出席されると宜しいかと存じます。
その時、私から更に提言させて頂くとすれば、「教義的な事や仏教の話、瞑想の注意点や安全装置となる話も聞ける講座や指導者から指導を受ける事が、より望ましい」という事です。
プラユキ・ナラテボーさんのマインドフルネス講座でもそうでしたが、瞑想難民にならないための注意点や教えも、きちんと指導してくれる指導者であるかどうかということは、指導を受けるときの目安です。
仏教もそうですし、各伝統宗教伝統宗派には、必ずと言って良い程、暴走しないための安全装置であったり、瞑想しないための智慧となる教えが御座います。
私は浄土宗ですが、浄土宗にも毎日の勤行において、宗教的な事も含めて、暴走しないための安全装置なりブレーキとなる教えを、毎日読み上げます。
宗教や宗派によって、その教えの実践方法や提言は違いますけれども、今のところ私が見てきた中では、教義に安全装置となる部分が盛り込まれております。
プラユキ・ナラテボーさんの場合は、本でも教えて下さっている瞑想難民にならないための智慧や注意点を、教えて下さいました。
あなたの抜苦与楽(ばっくよらく)になる瞑想に導けない指導者のところで、いくら瞑想をしても、迷走するだけです。
また、安全装置やきちんと体系化された教えが伴わないマインドフルネス瞑想は、それこそ瞑想難民化して消耗してしまいます。
人生をより良く、苦を和らげるために始めた瞑想が、人生を消耗させるなんてことになったら、笑い話ではスマされません。
今回、私が実体験を元にしておは為してきたことを踏まえられた上で、瞑想難民にならぬ智慧と働き、良き瞑想との御縁が結ばれましたら、大変嬉しゅう御座います。
今回の話は、前回の話とセットでお読み頂けましたら、より理解が深まります。
参照記事:「不安解消に効果があるマインドフルネス瞑想を体験してきました」
あなたが、良き瞑想ライフを送られる良き縁となれましたら、嬉しく思います今日この頃に御座います。
合掌、礼拝