日常生活の中で出来るマインドフルネス瞑想の方法|プラユキ・ナラテボーさんから教わった事

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。



前回は、春の京都で行われました、プラユキ・ナラテボーさんの「マインドフルネス瞑想会」に参加させて頂いた体験談を綴りました。
2回目の参加となりました、プラユキ・ナラテボーさんの瞑想会ですが、今回頂いた話で、更に深掘りしたいと思います話がありまして。



今回、私が参加者の皆様方と共に、直接伝導して頂いたマインドフルネス瞑想の話の中に、「日常生活の中で行えるマインドフルネス瞑想・手動瞑想」が御座います。



手動瞑想は、後ほど動画を観て頂いて再確認して頂きますが、手を「ぱっぱっぱ」と動かす手動瞑想において、動いている手は「気づきの装置」と言えましょう。

この「手動瞑想」を基本とした、身体を伴う気づきの瞑想、チャルーン・サティは、前回も話しました通り、非常に応用がしやすく、応用が利く瞑想法でもあるのです。



今回は、日常生活の中で出来るマインドフルネス瞑想と題しまして、各場面で出来る動的、動作を伴う「気づきの瞑想」の方法を、お伝え致します。

実際に私も続けさせて頂いている事でありまして、それなりに効果も実感しておりますよ。

効果効能というゲイン有りきでやる事ではありませんが、とっかかりとして受け取って頂ければ、嬉しゅう御座います。

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マインドフルネス瞑想:手動瞑想のおさらい

ヴィパッサナー瞑想の手法の一つである「チャルーン・サティ」、気づきの瞑想について、手動瞑想を中心として、まずはおさらいしておきましょう。



タイのスカトー寺でも、日本でもプラユキ・ナラテボーさんが伝導して下さっている「手動瞑想」は、以下の動画のように行います。

まずは、動画をご覧頂く方が手っ取り早いでしょうから、まずはこちらの動画をどうぞ。







細かいところは、本来ならばプラユキ・ナラテボーさんに直接伝導して頂けるマインドフルネス瞑想会に、参加して頂くのが一番なのですから、近場で瞑想会・瞑想講座が行われる御縁がある方は、その縁をむすばれると宜しかろうと存じます。

実際に、きちんと誘導・伝導して頂きながら行う方が、瞑想難民化しない方向で伝導頂けますし、その場で直接質問も出来ますし。



手動瞑想の基本は、まずは椅子でも坐禅のような座り方でも構いませんから、両手を膝の上に置くところから始めます。

そして、手を14通りの手順で「ぱっぱっぱ」と動かしていき、その動いている「今、ここの手」に、気づいて行きます。

意識、内側・内面側の動きとしては、妄念が湧いても「オッケー」と受容して、また手の動きに気づく事に戻ります。



この時に、「妄念が、雑念が湧く自分はダメだー!」というような、自己否定や「二念・三念を継ぐ」ということはせずに、手の動き「ぱっぱっぱ」という動きに、また気づいて戻って来ることが肝要です。



私もそうだったのですが、坐禅の経験があると、ついつい「雑念が湧く=悪、そわそわする=悪、無我になれない=悪」としてしまいがちです。

そうではなく、妄念が湧いても「オッケー」と受容し、手の動きに戻り続ける事が大切なのです。



これが、手動瞑想の基本的な事柄の、大まかな解説であり、おさらいです。

マインドフルネス瞑想を日常生活の中で:手動瞑想を応用した気づきの瞑想の応用例

マインドフルネス瞑想というと、お寺であったり、マインドフルネス瞑想講座などの場で習う人も、増えてきたかと思われます。

ただ、中には「マインドフルネス瞑想は、お寺や講座、瞑想会でやるものだ」と、思われる方もいらっしゃるのではないか、そのような事も考える事が御座います。



確かに、瞑想をしやすいであろう場の力というのはありましょう。

ただ、これはプラユキ・ナラテボーさんも相談しに来られる方に気をつけていらっしゃる事で、「日常生活に戻ってからが大切である」という話が御座います。



瞑想は、お寺でだけ、マインドフルネス瞑想講座の場だけで完結してしまう、というものではありません。

確かに、自己流で変な方向へ向かわないために、お寺やマインドフルネス瞑想講座、各々の瞑想会に参加することは、それはそれで非常に重要でありますし、大切な事柄で御座います。

ただ、肝要な事は、日常生活に戻ってからも続ける事に御座います。



前回も申し上げましたね、瞑想で培われる五力の「精進力」には「勤」がある、と。

「勤」は、まさに日常生活という場に戻ってからも続ける事にも通じているのです。

そして、有り難い事に、プラユキ・ナラテボーさんが教えて下さる手動瞑想は応用が利きまして、日常生活を瞑想修行の場にする事も出来る智慧が御座います。



では、マインドフルネス瞑想を、日常生活の中で行うには、どのようにすればよいのか。



手動瞑想を応用した気づきの瞑想の具体的な方法を、ここからお伝えして参ります。
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マインドフルネス瞑想を日常生活の中で行う具体的な方法1:通勤時・退勤時編

マインドフルネス瞑想を、日常の中で行えるように手動瞑想を応用した、具体的な方法の一つ目。



一つ目は、通勤時と退勤時という場面を想定して解説していきます。

そしてこれは、マインドフルネス瞑想会にてプラユキ・ナラテボーさんから直接教わった方法でもあります。



例えば、電車やバスに乗っている時、座席に座っている時に、いきなり手を「ぱっぱっぱ」と動かすと、周囲の人が「え!?」と思われる可能性があります。

私でしたら、一緒になってやるでしょうけれどもね。

ついつい「オッケー」と、声に出してしまうかも。



実は、「身体の動いている部分=気づきの装置」という事を考えると、手を大きく動かさなくても、マインドフルネス瞑想・気づきの瞑想は出来るのです。

そこで、プラユキ・ナラテボーさんから直接教わった方法が「指の瞑想」です。



あなたは、パンを食べ終わった後に、指についたパンの粉や欠片を落とすときに、親指と人差し指をくっつけて、くるくると回すように動かした経験はありませんかね。

それを応用すると、こんな感じです。



1:電車やバスでの通勤時・退勤時、座席に座れたら、背筋を立てて座り、手を膝の上に。

2:手は膝の上のままでよいから、そこで親指と人差し指をくっつける。

3:そのまま、くるくると摺り合わせるように指を回る。



指を摺り合わせる、こするように回すというのも、一つの方法ですし、指をつまむように形にして、指をくっつけたり、ぱっと放したりするのも、手動瞑想の応用的な方法です。

私の場合は、親指と人差し指を「ぱっぱっぱっぱ」と、開いたり閉じたり、という方法をやることがあります。



別の場面として、座席に座ることが出来なくて、吊革に掴まっている場合でも、手動瞑想を応用した気づきの瞑想は可能です。



混雑しているならば難しいでしょうが、姿勢はすっと伸ばした状態にして、吊革を握ります。

そして、親指から順番に、指を一本ずつ「ぱっぱっぱっぱ」と、吊革から放します。

この時、親指を離して、次に人差し指を放すとき、親指は吊革を持つ動作に戻ります。

あくまで、一動作で放す指は一本だけで、残り四本の指は、きちんと吊革を握った状態にします。



今回の「指の瞑想」は、通勤時・退勤時を想定しておりますが、これは待ち時間でも使える、日常生活の中で活用出来るマインドフルネス瞑想です。

私もつい先日、ミッドナイト念仏in御忌の待ち時間で、手動瞑想や呼吸瞑想をやっておりました。



参照記事:「ミッドナイト念仏in御忌2017の待ち時間等の注意点を経験者はかく語りき」



手動瞑想、マインドフルネス瞑想の方法を知っていれば、待ち時間も瞑想修行・仏道修行の場なり。

まさにこれは、「歩歩是道場」「行住坐臥仏道修行」に通じる事に御座います。

マインドフルネス瞑想を日常生活の中で行う具体的な方法2:食事・台所編

マインドフルネス瞑想を、日常生活に取り入れて行う、具体的な方法の二つ目と場面。



それは、「食事の時、台所」でのマインドフルネス瞑想です。



手動瞑想は身体の動きを伴う気づきの瞑想の、基本的な方法であり、その応用範囲はとても広いもので御座います。

「身体の動きが、気づきへ導かれる装置」という事を考えると、食事も台所での動作も、まさにマインドフルネス瞑想・気づきの瞑想の修行道場となりましょう。

食事瞑想については、前回もお伝えしましたね。



参照記事:「マインドフルネス瞑想会体験感想文で食事瞑想の概要を確認」



禅宗では、食事は作ることも食べることも、これまた修行と言う事で、徹底しています。

食事を用意する係の雲水を、「典座(てんぞ)」と呼びまして、大切な役割として位置づけられております。



禅宗の人でなくても、食事を大切な仏道修行の場とする事を日常生活に取り入れる事は、今すぐに出来ます。



例えば、もしもご自身を振り返って、食事中に「飯なう」とかLINEをしているという心当たりがあるならば、即刻辞める事です。

また、食事中にテレビを付ける、というのも、瞑想の妨げとなります。



私は、「昨日、何食べたっけ?」となるのは、このことも一つの要因だと思うておりましてね。

食事に、「今、ここ」で、目の前に並んでいる食べ物に無意識で接しているから、記憶にも残らないというのは、ありそうな話です。



そりゃあね、どうしてもニュースを確認しないと行けない場合もあるでしょうし、それがどうしても食事時にしか出来ない、という事情のある人も御座いましょう。

そういう場合は、せめて「この日とこの日、昼食と夕食時は、食事だけをする」と、取り決めをすると宜しいかと存じます。



そして、食事中はパイサーン・ウィサーロ師の説法にもある通り、「ご飯を食べる時には、食べることに気づいていく」を行います。



食事は、箸を持って行いますから、必然的に動作を伴います。

その動作、箸を持って口へ運ぶ等の一つ一つの動作に、「ぱっぱっぱっぱ」と気づいて行くこと。

これだけでも、十分にマインドフルな状態、気づきの瞑想を修行できる事を、観じて頂けるかと存じます。



食事以外では、台所での仕事・作業も、格好の瞑想修行の場です。

例えば、皿洗い。

皿を洗うときも、皿をきゅっきゅっと洗っている「今、ここ」に気づく。

皿を乾燥機や食器棚に置くときも、「ぱっぱ」と気づく。



その他には、私が以前「珈琲を入れて飲むまで」の動作に、逐一築いて行う、ということをやった事をお伝え致しました。

参照記事:「丁寧な暮らしがマインドフルネス瞑想で実現しやすくなる理由|プラユキ・ナラテボーさんの瞑想から気づいた事」



ただ漫然と食事をする、皿を洗う、珈琲を入れる、という「無意識の習慣」から、マインドフルネス瞑想・動作を伴う気づきの瞑想を取り入れた「自覚的な習慣」に切り替える。



それにより、「丁寧に皿を洗う」をなす事が出来て、皿を落として割る確率も減らす事が出来ますし、動作も丁寧で綺麗に洗練されていくことに繋がります。

マインドフルネス瞑想を日常生活の中で行う具体的な方法3:仕事・作業編

マインドフルネス瞑想を、日常生活の中に取り入れて実践する、具体的な方法の三つ目。



これは、プラユキ・ナラテボーさんのマインドフルネス瞑想会が終了し、喫茶店での懇親会で教わった話です。



あなたは、いわゆる「ルーティンワーク」と呼ばれる仕事をこなす事があるでしょうか。

いわゆる、単純作業的な仕事をする事が、日常生活の中ではあるという方も、いらっしゃるでしょう。

私の経験でしたら、八つ橋工場で働いていた時は、まさにこのような仕事をこなしておりました。



このような仕事は、実は「手動瞑想を応用した状態」を、実践する修行の場である、ということを、マインドフルネス瞑想会の懇親会で教わりました。

それも、報酬を頂きながら。

有り難き参加者さんからの御教えなり。合掌。



よくあるのが、「単純作業って、時間が経つのが遅いし、退屈だし、やってらんない」という話です。

このような在り方、心の動きしかなければ、不断念仏会などはその人にとって、苦痛の場にしかならん可能性を、私は見出しております。



しかし、ここで視点を変えて、「実はマインドフルネス瞑想、気づきの瞑想を修行する場」とすると、途端に「気づく力」が培われていく修行の場と化します。



例えば、ラインAから流れてくる製品を、ラインBに移し替える、という仕事・作業がある場合、ただ漫然とやるのではなく、「ぱっぱっぱっぱ」と、気づきながら行う。

実際に、これをされているマインドフルネス瞑想会に参加された経験者から教わった時、「おお、なるほど!」と、思うたもので御座います。



これは、運動においても応用出来ますね。

私はリハビリがてら、散歩に出かける事がありますが、その時に、ただ漫然と歩くのではなく、歩行瞑想の場としており、「歩歩是道場」を実践しております。



「歩く」という単純作業・単純な運動も、気づきの瞑想を頂く事によって、道がマインドフルネス瞑想の道場に、足の動きが「気づきの装置」へと早変わりします。



濃密で丁寧な日常生活を送る事が出来る、良き智慧ではなかろうか、私はそのように頂いておりますが、如何でしょうか。



仕事以外でも、掃除をする際にも、応用出来ますから、ここから先は、あなたの日常生活において、「これは気づきの瞑想をする場になるな」という事に気づいて行かれたら、嬉しゅう御座います。

マインドフルネス瞑想・気づきの瞑想を実践する場は「今ここ」の日常生活の中にある

今回は、プラユキ・ナラテボーさんから、マインドフルネス瞑想会で教わった「日常生活の中で出来る、気づきの瞑想」について、お伝え致しました。



マインドフルネス瞑想や、気づきの瞑想などの仏道修行は、「修行道場に行かないと出来ない、瞑想会や瞑想講座でしか出来ない」というものではありません。

むしろ、日常生活でいかに実践するか、そちらの方が大切になってくるのではないか、と、実践してみて思う事が御座います。



確かに、各宗派の過酷な仏道修行、90日間お堂に籠もっての同行三昧や、幾日もの不断念仏などは、場の力も必要となりましょう。

しかし、「娑婆世界で丁寧に生きる」「日常生活を漫然と生きて流されない」という事であれば、すぐにでも実践する事が出来るものです。

手動瞑想、その応用した瞑想方法は、まさにその一歩目として、非常に力となってくれましょう。



出来れば瞑想伝導者に直接教わる方が宜しいでしょうが、現在は動画もありますし、瞑想の本も出ておりますからね、やりやすくはなっている有り難き・善き時代です。



参照記事:「マインドフルネス瞑想をするなら読んでおきたい3冊の本」

参照記事2:「マインドフルネス瞑想入門にプラユキ・ナラテボーさんの本や講座が良い2つの理由」

参照記事3:「マインドフルネス瞑想の3つの注意点と解決方法|瞑想で消耗しないために」



特に、これから瞑想をやってみようと言う方は、一度「悟らなくたって、いいじゃないか」を読んでおくことが望ましい、と、私は考えております。



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瞑想難民にならぬ智慧、瞑想についての過度な思い込みや先入観、誤解について、プラユキ・ナラテボーさんと魚川祐司さんが、丁寧に解説して下さっています。

瞑想実践者は、まさに必読の書なり。
尚、今回話してきました手動瞑想の応用的な話や、実施に私が体験した事柄は、こちらでもお伝えしております。



参照記事:「マインドフルネス瞑想の簡単な方法|プラユキ・ナラテボーさんの手動瞑想と応用」



併せてお読み頂く事で、より日常生活を修行の場として活かすことが出来て、あなたが自覚的に生きる事、気づきの智慧を頂きながら生きる一助となりましょう。

お互いに「善き縁に触れ、善き縁となし、善き縁となる」を実現出来れば、大変嬉しゅう御座います。



そして、これだけの御教えを直接授けて下さいました、プラユキ・ナラテボーさんに感謝申し上げる次第で御座います。



合掌、礼拝

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