マインドフルネス瞑想の簡単な方法|プラユキ・ナラテボーさんの手動瞑想と応用

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。



以前から、マインドフルネス瞑想を、プラユキ・ナラテボーさんから教わって、毎日実践しているという話をしております。

マインドフルネス瞑想に限らず、何事においてもそうなのですが、日常に戻ってから元の木阿弥になるという事は、よくあることですからね。

仏道修行は行住坐臥全てが修行であり、在家であっても、娑婆世界での日暮らし全てが、格好の修行の場です。

僧侶ではなく修行僧でもありませんが、「歩歩是道場(ほほこれどうじょう)」という面持ちで、仏法と共に歩ませて頂いておる次第で御座います。

教わったマインドフルネス瞑想や、禅僧からたびたび教わっている坐禅を、毎日実践させて頂いているのも、その一環です。



今回は、プラユキ・ナラテボーさんから教わったマインドフルネス瞑想のチャルーンサティ瞑想の一つ、手動瞑想の応用的なやり方を、お伝え致します。

あなたがすでに何らかの瞑想を習っていて、習慣づけるきっかけとなりましたら、幸いです。

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プラユキ・ナラテボーさんから教わったマインドフルネス瞑想:手動瞑想の応用編

プラユキ・ナラテボーさんのマインドフルネス瞑想会では、呼吸瞑想と歩行瞑想、そして手動瞑想を教えて頂きました。

現在も、坐禅と共に実践させて頂いておりますが、その中で手動瞑想には、応用したやり方が御座います。



瞑想というと、目を閉じて静かにじーっと坐る、という連想・イメージを持っていらっしゃる方も、多いかと存じます。

手動瞑想は、背筋を伸ばして楽な姿勢で座り、手をぱっぱっと動かしていく瞑想法です。



椅子に座っても出来ますから、椅子坐禅をご存じの方は、取っつきやすい椅子に座りながら出来る瞑想法でありましょう。



基本的な手動瞑想は、顔や視線は動かさずに、目で手の動きを追わずに、「今、ここで動いている手」に気づき続ける瞑想です。

ここで応用編というのは、「手の動きを目で追いながらすることも可能」という手動瞑想の方法です。



プラユキ・ナラテボーさんが実際にあった話として、首が片方に全然回らなかった人が、この目と顔の動きを伴う手動瞑想で回るようになった、という事例があったと教えて下さいました。

その事例では、片方に首が回らなかった現象の背景に、精神的な病も関わっていた、との事です。

それが、今、ここで動いている手を目で追いながら気づき続ける事を繰り返していく内に、首がきちんと動くようになった、という話を頂きました。



もちろん、全員が全員そうなるとは言えませんし、それを目的としてやるものでもありません。

瞑想はそもそも、ゲイン(利益なり得すること)のためにやるものでもありませんからね。



ただ、そういう事例もあり、動いている手を目でも意識しながら行う手動瞑想の型もある事を、お伝えしておきます。

手動瞑想の応用でいつでもどこでも出来る指の瞑想

手動瞑想の応用として、いつでもどこでも出来るという「指の瞑想」も御座います。



これは、例えば電車の中で坐っているときや、会社で休憩時間に、ぱっぱっと出来る瞑想の方法です。

周囲を全く気にしないという人は、電車やバスの中でも、椅子に座りながら手動瞑想を出来ることもありましょう。



ちょいと余談的な話ですが、電車の中で出来る瞑想として、「吊革瞑想」なんてのもありますね。

マインドフルネス瞑想の一つで、吊革につかまっている自分に気づき続ける、という瞑想方法だそうです。

私はやったことありませんが、ここまでくると、もうなんでも瞑想付ければよいやっていう風潮も危惧するところではありますがね。

「クラゲ瞑想」という呼び方もあります。



ただ、瞑想をきちんと出来るようになれば、いつでもどこでもどんな型でも出来るようになることは、把握出来るかと思います。

応用すれば、歩行中は歩く瞑想、信号待ちは指の瞑想を、という気づきの日々を大切にすることも出来ますからね。



話を指の瞑想に戻しましょう。



もしも、通勤退勤、通学や帰宅時にも瞑想をしてみたいという人は、周囲にもこっそり出来る瞑想方法として、指の瞑想が宜しいかと存じます。

周囲にあまり観られたくない人は、カバンや上着で指を隠しながらやるのも良いでしょう。



私が教わった指の瞑想は、指をひとつまみの形(親指と人差し指と中指で物をつまむ形)に閉じて、また開く、という事を繰り返す瞑想法です。

この時、左右を交互にすることで、右脳と左脳にもバランス良く影響があるだろう、とプラユキ・ナラテボーさんが話をして下さいました。

科学的に分析されたかどうかまでは聞きそびれましたが、「脳と瞑想」で、脳医学の先生とも交流があって、科学的な根拠もプラユキさんはご存じだそうですから、あり得る話だと私は頂いております。



コツは、ぎゅーっと指の力を角に入れず、ぱっぱっぱっと開閉することです。

その指に気づいていき、指にあまりぎゅーっと意識を貼り付けすぎず、かといって妄念や雑念に囚われず、雑念が浮かんでも「オッケー」と受け止め、また指のぱっぱっという動きに戻ります。

これならば、場所も取らずに椅子に座った格好でも出来ますから、瞑想を日常的に実践したい方は、覚えて置くとよいかと存じます。
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マインドフルネスな手動瞑想の更に応用:グーパー瞑想

マインドフルネス瞑想の一つとして指の瞑想は、立っていても座っていても、通勤中であったり、電子レンジで飲み物を温めているときでも、ぱっぱっと出来る瞑想です。



私はそこから、勝手に「グーパー瞑想」と、指だけでは無くて、手の平をグーパーグーパーとする手動瞑想を試みております。

これは、電子レンジで飲み物を温めているときに、実際にやっている瞑想です。

指だけでは無くて手の平全体を動かす瞑想方法ですから、指の瞑想よりも身体性が広がり、より気づきを得られる瞑想であると、実感してきております。



やり方は、読んで字の如く、手の平を「グー」「パー」と開閉を繰り返す、というだけです。

坐っても出来ますし、私は電磁レンジが止まるまでの2分くらいの間に、立ったまま行っております。

また、内職をしてちょいと昇級仕入れるときにも、5分から10分くらい、グーパーとする事も御座いますよ。



コツとしては、一気に左右の手の平をグーパーと開閉するのではなく、交互に行う事です。

「今、右手を開いている、ぱっ」「今、左手を開いている、ぱっ」と、閉じるときもこのように交互に行います。

手の向きは、上向きでも下向きでも、直立不動で横に手がある状態でも構いません。

私は、上向きの方がやりやすく、握力の鍛錬もかねてする場合は、手を前につきだした状態で、グーパーと開閉します。

握力の訓練で、やったことがある人ならば、イメージしやすいでしょう。



ただ、筋力トレーニングと瞑想は、相性が良くないと言う事を、瞑想を5年くらいしている人から教わりました。

なんでも、筋力トレーニング直後だと、どうしても体に意識が引っ張られやすくなる、とのことです。

これは個体差がありますから一概には言えませんが、握力を気にするグーパー瞑想は、最初の内は避けた方が良いかと存じます。

5分か10分か、電子レンジを使っている待ち時間の手持ちぶさたにやるところから、始められると良いでしょう。

何はともあれ、まずはマインドフルネス瞑想の基礎を学んでから

ここまで、プラユキ・ナラテボーさん直伝の手動瞑想と、その手動瞑想の応用編として、場所を問わないマインドフルネス瞑想をお伝えして参りました。

指の瞑想やグーパー瞑想は、立ったままでも椅子に座った状態でも出来ますから、語弊がアルかも知れませんが、割とお手軽な瞑想方法です。

もちろん、結跏趺坐を組んで、瞑想らしい姿勢で行う事も出来ます。

基本的に、姿勢を正した状態でやればよろしいかと存じます。



ただ、色々と文字にして指の瞑想や手動瞑想をお伝えしてきましたが、瞑想をするときは、必ず一度は瞑想を指導出来る人にきちんと教わってからが望ましい、と言う事は、繰り返し申し上げます。

現在は、今回もお伝えしました通り、YouTubeやニコニコ動画などで、よりわかりやすく瞑想を学ぶ事が出来ます。

私は椅子坐禅を臨済宗のお坊さんから、直接手ほどきを受けましたけれども、時々復習に動画を使いますからね。

ちなみに、私が参考にさせて頂いている椅子瞑想の動画は、曹洞宗の禅僧であられる枡野俊明さんの椅子坐禅動画です。




今回お伝え致しました、手動瞑想や指の瞑想は、あなたがお住まいの地域でプラユキ・ナラテボーさんのマインドフルネス瞑想会が開かれる予定があるならば、一度尋ねられると良いかと存じます。

「よき縁ネット」で検索すると、マインドフルネス瞑想会や法話会、個別個人面談の予定を知る事が出来ます。

私は、そこで同志社大学での魚川祐司さんとプラユキ・ナラテボーさんの対談講座と、マインドフルネス瞑想会の御縁を頂きました。



今回の話と共に、瞑想についての注意点や、プラユキ・ナラテボーさんの瞑想はいかなるものかという雰囲気は、こちらを読んで頂ければ、より把握出来るかと存じます。

参照記事:「不安解消に効果があるマインドフルネス瞑想を体験してきました」

参照記事2:「マインドフルネス瞑想の3つの注意点と解決方法|瞑想で消耗しないために」

参照記事3:「マインドフルネス瞑想入門にプラユキ・ナラテボーさんの本や講座が良い2つの理由」



あなたが、日々の暮らしで「今、ここ」に気づくようになり、「抜苦世楽」の一助となりましたら、大変嬉しゅう御座います。



合掌、礼拝

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