ネガティブ思考の改善を無理しようとすると、心と体を壊します

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。

あなたは、ネガティブ思考・マイナス思考でしょうか、ポジティブ思考でしょうか。
ネガティブ思考とは、物事を悲観的に捉える傾向であったり、そのような性質の事を言い、マイナス思考と同じ意味の言葉として、定着しております。

ポジティブ思考との対義語として、字面としても響きもわかりやすいと言う事で、マイナス思考よりもネガティブ思考という言葉の方が、しっくり来る人もいらっしゃるやもしれません。

ネガティブ思考というと、現代社会においては改善すべき思考の癖であったり、排除すべきものとして、忌み嫌う人もいらっしゃいます。



確かに、行き過ぎた状態、病的なまでのネガティブ思考は、心療内科に通って、病的な要素が無いか診断を受けた方が宜しい事も御座います。

ただ、現代社会において、あまりにもネガティブ思考という性質が、忌み嫌われすぎてきた傾向を、感じる事も御座います。

この辺り、不安を感じること、不安感を覚える事が、悪い事であると短絡思考的に言われる事に、共通点があるように思います。



ちなみに、基本的に私もどちらかと言いますと、ネガティブ思考・マイナス思考の性質寄りです。



ネガティブ思考とはそんなに悪いものなのか、直すべき事なのか、改めて私の経験もお伝えしつつ、話を進めて参りましょう。

スポンサーリンク

ネガティブ思考・マイナス思考の根本的な話:そもそも「ネガティブ」「思考」を考えた事ありますか?

ネガティブ思考であったり、マイナス思考であると、批判されたり注意されたり改善を要求されたりと、なかなかに風辺りが強い傾向が御座います。

自己啓発、特にポジティブ系自己啓発の類いでは、「ネガティブ思考やマイナスな事ばかり言う人とは距離を取れ、ネガティブ思考は改善しろ」なんて、よく言われます。

「ネガティブな意見、マイナス意見ばかり言う人はドリームキラーだ」とも、したり顔・ドヤ顔で言う人もいますし。



大抵、こういう輩は某科学者気取りで本をバンバン出しまくっている、誰かさんの本に感化されて、受け売りで深く考えずに吐き散らしているだけだったりするのですがね。

私、自己啓発業界で、アンソニー・ロビンズさんとツーショット自慢とかしちゃってる輩って、アンソニー・ロビンズさんの猿まねをして出来損っている憐れな我利我利亡者なる詐欺師だと思うてますから。



こういうことは、まさにネガティブ思考によるネガティブ発言、マイナスの事と批判されるのでしょうな。

私は自己啓発系ビジネス業界の詐欺師や、なんちゃらアフィリエイトだとかネットビジネス系コンサルタントに言わせれば、典型的なドリームキラーというやつでありましょう。



しかしですね、このように「ネガティブ思考はやめろ、ポジティブになれ」とか「マイナス発言とは距離を取れ」というならば、私はそこから問うてみとう御座います。

一体、何を問うかと申しますと。



「ネガティブ思考とはなんぞや、ネガティブとは何ぞや、思考とは何ぞや」という、根本的な問いです。



哲学が好きで、仏教を学び実践しているためか、こういう問い方を大切にしておりますが故に。



ネガティブ思考は嫌われ者ですし、特に自己啓発に毒されていたり、何チャラの法則が好きな人は、ネガティブ思考を敵視します。

では、そこから問いたい、「ネガティブ思考とは何ぞや、定義を懇切丁寧に解説出来ますか?」と。



クイズをやっているわけではありませんから、ここでさらりとお伝えしておきます。

ネガティブとは、写真のネガの略称でもありまして、今回の話に関連する解説を致しますと、「後ろ向き、負の側面、物事を悲観的に見ること、その思考傾向」といったところです。

ようするに、マイナス思考と同じ意味で、「物事を悲観的に捉える傾向や性質」という意味です。



ちなみに、マイナス思考というのは、ある日本人の造語です。



受け売りで「ネガティブ思考を改善して、ポジティブになろう」と言っている人は、一度根本や定義を、改めて問い直すべきで御座いましょう。



この段落での話が、そのきっかけとなりましたら、幸いに存じます。

ネガティブ思考は悪か?ポジティブ思考は善か?

前向きに生きることが推奨されて、それが「善」とされる傾向があるから、その反対であるネガティブ思考屋根がティブな生き方は、「悪」と見なされる傾向が御座います。

確かに、陰鬱としてネガティブ思考全開で、マイナスなことばかり言われたら、聞かされている方も気が滅入ってくることも、わからんでもありません。

実際に、それで喧嘩になりそうになった現場も、目撃しておりますし。



そりゃあね、私も接客して頂く時は、明るく元気に接してくれる方が、話しやすいと思う事が御座いますし、一方では理解しております。

それに、あまりにも悲観的すぎるのも、確かに考え物です。

某著述家がおっしゃる通り、行き過ぎた悲観論者、彼は「スーパーペシミスト・スーペーさん」と表現されていましたが、病的なまでの悲観論は考え物であるのは確かです。

悲観しすぎて身動きが取れないと、生きる事にさえ支障を来しますからね、そういう場合は、治療など適切な対応が必要で有る事は、私も共感するところが御座います。



ただ、この「ネガティブ思考は悪い、ポジティブ思考は善い、だから改善すべきだ」という風潮や言説を、私はまたしても問いたい。

本当に、「ネガティブ思考が悪」で「ポジティブ思考が善」でしょうか、それが絶対的な真理でしょうか。



確かに、娑婆世界での空気であったり、その方が上手く事が進む場面も多々ありましょうから、そのような現場も御座いましょう。

しかし、私は「ネガティブ」「ポジティブ」は、あくまで傾向や性質であり、「善悪」では見ておりません。

あくまで、性質の話です。



例えば、物事を推し進めるとき、何か大きな仕事をする時、ポジティブ思考の人ばかりで、悲観的な部分を一切観ない人しかいないチームであったら、どうでしょう。

一つの大きな仕事を進める際、構成員が全員「行動が大切だ、まずはやってみることだ、ウェイ!」だと、私はとても危険だと感じますがね。



確かに、推進力があって仕事が進んでいく速度は、凄まじく速いでしょう。

しかし、危険を全く顧みずに仕事でも何でも推し進めすぎるのは、単なる無謀な愚か者です。

ハイスピード、速度全開であるが故に、ダメージも凄まじい事でありましょう。

まさにブレーキ無き暴走車になりかねません、暴走特急は、スティーブン・セガールさんの映画くらいでご勘弁願いたい。



こういう場合もありますから、ネガティブ思考やマイナス思考、ネガティブという概念を、あからさまに「悪」だと決めつけるのは早計であると、私は頂いておるのです。

「ネガティブ思考、マイナス思考は悪、ポジティブ思考は善、だからネガティブ思考を改善しよう」と、盲信している人は、今一度問い直すべきで御座いましょう。



そもそもとして、「ネガティブ思考を改善」と、「改めて善くする」としているところが、ネガティブは改善すべき悪しきもの、という認識が成されていることが読み取れます。

ネガティブ思考がポジティブ思考になったら改善されたという事だと言うのも、これまた早計だと思いますがね。

暴走しやすくなる性質に変わったら、果たしてそれが改善と言えましょうかね。



こういう問いを重ねて洞察することが、肝要ではないかと存じます。
スポンサーリンク

ネガティブ思考を無理に改善しようとしたら心と体を壊します、私の様に

ネガティブ思考とは、改善しろと言われる事が多い娑婆世界でありますが、実は私も、人からよく「ネガティブ思考、マイナス思考をする傾向がある」と、言われてきたことがあります。

自己啓発に嵌まっていた時期は、そんな自分を否定して、ポジティブな方向に変えようとしたものです。



私もね、「言葉を変えれば思考が変わる、思考が変われば云々」というのを盲信して、毎日ポジティブな目標を紙に書き続けたこともありますよ。

引き寄せの法則の危険性や、目標設定の危険性も、その時は全く考慮しておらず、無理していたわけです。



ネガティブ思考の性質を持っていた私が、私に対して無理強いしていたわけですから、そりゃ無理が重なったら、どこかで壊れることにもなりましょう。

生来的に生真面目な性格も相まって、自己否定の癖もありましたからね。

そうして無理舌結果、ついには睡眠障害から始まり、体が動かなくなって倒れて、うつ病を発症し、心療内科のお世話になりました。



ネガティブ思考であったり、ネガティブな要素というのは、個々の傾向や性質、一要素です。

個体を形成している一要素に過ぎません。



その一要素を無理に変えようとやっきになり、ネガティブ思考を無理にポジティブ思考やポジティブな在り方に「改善」しようとすると、私みたいに心と体を壊す恐れが御座います。

経験者はかく語りき。



もちろん、あまりにも病的であったり、ネガティブ思考が不安障害と診断されるまでに到ると、生活出来なくなる事も御座います。

ゆえに、心療内科で診察・治療をする事も、必要でありましょう。



ただ、なんでもかんでも「ネガティブ思考、マイナス思考は悪だ、改善しなきゃ」と、世間の風潮や傾向を盲信して突っ走り、己の特性や一構成要素に囚われすぎていると、私が経験したような現象に陥りかねません。

まずは、「ネガティブ思考は改善すべき悪」ではなく、「それも一要素である」と認識して、「では、そもそもとして」と、そもそも論・根本を問う事が肝要です。

根本を問う事は、客観視にも繋がりますから、冷静に自己の特性や要素を省みるきっかけにもなります。



歴史や時間は不可逆ですし、過去に執着(しゅうじゃく)している発言にはなり、仏教者としては憚られる発言ではありますが、過去の私に、このことを伝えられるならば、伝えたいものです。

当時の私は、まだ仏教と再会する前ではありますが、心と体が壊れない在り方になるきっかけにはなっていたかもしれませんからね。

あ、でも、睡眠障害うつ病等の経験があったからこそ、仏教ときちんと再開できたのかも知れない、と考えると、やはり複雑です。

ネガティブやマイナスという要素と上手に付き合い、ポジティブとのバランス・塩梅を調えるのが肝要

は、確かに行き過ぎたネガティブ思考や、生活に支障を来す程までになっている場合、心療内科などで認知療法を用いるなど、改善した方が良いレベルの話も御座いましょう。



しかし、私は将来的に、ネガティブ思考やマイナス思考、ネガティブな側面というのは、人が将来的に持っている性質であったり、一要素に過ぎないという頂き方をしております。

人によっては度合いが強かったり、逆に薄かったりする、というだけの話です。



私は、ネガティブ思考とポジティブ思考、ネガティブとポジティブという性質・要素は、個々に合わせたバランスを調える事、塩梅よくしている事が肝要であると思うております。



その良き塩梅にしていく実例や実践例を紹介させて頂きますと。



私もよく読ませて頂いている作家に、五木寛之さんがいらっしゃいます。

五木寛之さんは、「とらわれない」という本で、ご自身は基本的にネガティブ思考である、と、仰っています。

ネガティブ思考だと自認されている五木寛之さんは、だからといってそれに囚われているというと、そうではないと私は色々な著書やお話しから窺えます。

その事が垣間見られるのが、以前も紹介させて頂いた「不安の力」であり、「鬱の力」でも、そのような五木寛之さんの考え方や在り方を、読み取る事が出来ましょう。

五木寛之さんは、生来的にネガティブな性格、ネガティブ思考をお持ちであり、これまで3度、鬱の状態を体験されています。

その時に「ありがとうノート」などを活用されて、バランスを取る術を身につけてこられたという事が、「不安の力」に記されて御座います。

鬱傾向、あるいはうつ病で不安感が強い人は、一読されると宜しいかと存じます。



別の例を紹介致しますと、ある二人僧侶の話が御座います。



私は仏教と再会し、私の家に伝わる、いわゆる「家の宗教」を大切にしようという御縁を頂き、現在は浄土宗の勤行と共に生活しております。

そのような御縁から、浄土仏教に触れる御縁を頂いたからこそ、ネガティブ思考は一要素で、それにより開かれた教えもあるという事を、知る事となりました。



浄土宗の御宗祖様であられる法然上人も、真宗・浄土真宗の御開山聖人であられる親鸞聖人も、ネガティブ思考であったり、ネガティブな要素を強く持っていらっしゃったんだろうなあ、と感じる事が御座います。

だって、お二人とも「どんなに修行しても、煩悩具足なる凡夫である私は、悟る事は出来ない」と、自己を誤魔化さずにいらっしゃいましたからね。

もしもお二人が、「俺は悟れる、まずは修行だ行動だ、ウェイ!」なんて、バリバリのポジティブ思考なら、こんな事仰いますかね。



更に、法然上人は「智慧第一の法然房」と周囲から言われていたのに、ご本人は「愚痴の法然房」と自分の事を表現されていましたし、親鸞聖人も「愚禿親鸞」と、自身を愚か者呼ばわりですよ。

この話を聞いただけでも、どちらかと言うとネガティブな感じがして、ウェイといったポジティブさは感じられません。



しかし、だからこそ、己を誤魔化さずに、そして南無阿弥陀仏の六字名号という光明にであわれ、救いの教えをこの時代まで続く有り難き御縁と成って下さったのだろうと、私はお味わいを頂いております。

もしもお二方高僧が、「ウェイ!」なポジティブな人だったら、今日までお念仏が続いていたとは思えません。



このような関連から、五木寛之さん然り、私然り、ネガティブ思考の要素が色濃い性質の人は、浄土仏教と相性が良いのかも。



ちょいと話がネガティブ思考の改善から離れてきましたから、話を戻しまして。



ネガティブ思考を程よいバランスで持っていると、高僧であったり、五木寛之さんのように、自己を誤魔化さずに省みる働きともなるのです。

ネガティブ思考は、強烈過ぎるのは確かに考え物ですが、だからといってその要素がゼロになると、自己を省みなくなる怖れも御座います。

ネガティブ思考とは、安全装置として働く大切な要素であると言うのが、私の頂き方です。

ネガティブ思考を無理に改善したり無くしてしまわず、ポジティブ思考との程よいバランスと塩梅を研究するのが、肝要であり、丁度よい距離感である、それが現段階における、私の結論で御座います。



ネガティブ思考を改善しようと躍起になっていたり、改善すべきだと思い込んでいる人は、自己啓発系詐欺に嵌まる危険が御座いますから、ご注意を、こちらで予習して頂ければ宜しいかと存じます。

参照記事:「自己啓発本とは上手に付き合わないと人生を消耗しますよ」

参照記事2:「自己啓発セミナーとは怪しい宗教?霊感商法の出来損ないですから関わらない事」

参照記事3:「自己啓発本を読んでもセミナーに行っても変わらない3つの理由|悪い方向に変わる事ならよくある」



尚、不安についての話も、併せて学んで頂く事で、今回の話が寄り鮮明になってくるかと思います。

参照記事:「うつ病で休職時に不安だった時に読んだ本|「苦しまなくて、いいんだよ(プラユキ・ナラテボーさん著)に救われた体験談」

参照記事2:「うつ病や不安感が強い時の過ごし方|鬱気味の時にネットをやらない方が良い理由」

参照記事3:「うつ病で休職中や不安な時にポジティブ系自己啓発本を読むのは危険です」



あなたが、ネガティブ思考に囚われすぎず、かといって悪だと見なして無理に改善して、心と体を壊さない予防になりましたら、嬉しゅう御座います。



合掌、礼拝

スポンサーリンク