松田広子さんが「恐山の最後のイタコ」というのは正確ではない

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。

私は、新聞を一応は流し読みくらいはしておるのですが、最後にテレビ欄を見た時、気になる文字を見つけまして。
TBSの「水トク世界の怖い夜」枠に、「恐山の最後のイタコ」という文字を見付けまして、「ああ、心霊特集やるんだなあ。」と思いつつ、「これは正確ではない表現でしょう」とも思うたわけです。



私は、恐らく薄っぺらいトレンドアフィリエイトブログは、「最後のイタコ」と言われている松田広子さんについて、薄っぺらい話を垂れ流されるだろうと思いまして、ちょいと調べたところ、どんぴしゃり。

Wikipediaやインターネット上に転がっている情報を寄せ集めた、三次情報以下の情報と、文字数を稼ぐ為の個人の感想だけで占められておりました。

松田広子さんについては、「最後のイタコ」というどんぴしゃりの題名の本も出ておりますが、トレンドアフィリエイトブログ運営者は、読んでおらんでしょう。

これだと、松田広子さんが「恐山の最後のイタコ」ないし「恐山のイタコ」という表現が、実は正確ではないという事を誤解したままになりかねないと思いまして、今回、お節介な事をする事にしたわけです。



薄っぺらいトレンドアフィリエイトブログを読むなとは言いませんが、その場合は、今回の話を読まれてからの方が、宜しいかと存じます。

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松田広子さんは正確には「恐山のイタコ」ではありません。

松田広子さんについては、ここでは省略します。

TBSの心霊特集番組を観て、松田広子さんについて知りたいと思われる方は、余所を当たって頂ければと存じます。

それこそ、トレンドアフィリエイトブログが、その辺りを簡単にまとめていますから。



私が注目したところは、「松田広子さんが、恐山最後のイタコ」と、新聞のテレビ欄に書かれていたことです。

これ、実は正確ではないという事を、恐山菩提寺のお坊さんが、本でもネット上でも明言されています。



どういう事かというと。



恐山には、恐山菩提寺という曹洞宗のお寺が御座います。

恐山に来られるイタコは、その恐山菩提寺と直接契約をしているわけではありません。

それゆえに、恐山に電話やメールで「イタコに相談したいのですが。」と問い合わせても、「恐山とイタコは一切関係ありません。」と答えられます。



私は仏教者である事に割と自覚的で、家の宗教が浄土宗ではありますが、禅宗や原始仏教・テーラワーダ仏教も本を読んだり坐禅会に言ったり瞑想会に言ったりして、学び実践しております。

その関係もありまして、曹洞宗の恐山菩提寺の院代である、南直哉さんの本も読ませて頂いております。



今回の事柄は、南直哉さんの本にも書かれている事ですし、インタビューの記事もありますから、そちらで裏を取って頂ければと存じます。

ここの最初の方に、今回の話に関連する事が書かれておりますよ。



また、価格は上の本より高くなりますが、恐山についてより文章で知りたいならば、こちらも御座います。

とにもかくにも、「恐山のイタコ」という表現は、正確では御座いません。



このことを前提とすると、2017年1月の段階では、現存するイタコの中でも最年少だからという理由から、最後のイタコと呼ばれる松田広子さんも「恐山のイタコ」ではありません。

ゆえに私は、「松田広子さんが、恐山最後のイタコ」という表現は、厳密な話をすれば正確ではない、とお伝え致します。

お伝え致します、と言いましても、これは恐山菩提寺側からの受け売りでしかありませんがね。



元来、「恐山のイタコ」は存在しない、と言う事を踏まえた上で、「水トク世界の怖い夜」なり、心霊特集番組でイタコさん出演の会を観られると宜しいかと存じます。

そもそも私としては、心霊だの幽霊だのに浮つかないように、地に足を付けましょうよ、という呼びかけをするところではありますがね。



だからといって、否定もしませんが。



イタコとの御縁によって、救われたり苦が和らぐと言う事も、事実としてあるわけですから、それを完全に否定してしまうのは、暴論でありましょう。

何らかの苦と共にある人が、イタコを頼ってそこに行かれるには、「そうでしかなかった」という事情だって御座いますから。

そういう方に正論を言ったところで響かないでしょうし、更に苦しめてしまいかねませんからね。



「地に足を付けましょう、心霊に惑わされるべからず」という言葉が、届く時節に届けるようにする事が、肝要だと私は思うております。

松田広子さんが「恐山のイタコ」という言われる理由と正確な表現

松田広子さんは、上記の理由から、「恐山の最後のイタコ」ではないという事は、把握して頂けたかと存じます。



ただ、ここで言葉について鋭い人ならば、あくまで私は「恐山のイタコ、という表現が、正確ではない」という事で、完全に否定していないということに、お気づきではなかろうかと存じます。

確かに、松田広子さんを含めた恐山にやってこられるイタコの方々と、恐山菩提寺とは、契約関係は一切御座いません。

これは、恐山菩提寺の院代さんが仰っている確かな情報です。

ブログでも本でもインタビューでも、たびたび仰っていると言う事は、それだけ未だに多くの人が誤解しているからだと察します。



恐山は、イタコの管理もしていないし、イタコの管轄業務をしていません。

恐山所属のイタコも、もちろんいらっしゃいません。



それでは何故、青森県の恐山辺りであったり、東北地方の北側のイタコが「恐山のイタコ」と言われるようになっているのか。



恐山では、夏には「例大祭」が行われまして、その時にイタコさんがやってきて、屋台をこしらえる人もいるそうですが、そこで活動されます。

これは恐山に限ったことではなく、周辺の神社仏閣で行われる、割と大きめの祭礼などがある場合には、イタコさんもやってくるわけですよ。



だって、大きな行事には、それだけ人が集まるわけですからね、言い方は不適切かも知れませんが、人通りの多いところに店を構えたり出張営業しに行くのは、理に適っています。

恐山菩提寺のお坊さんは、これを「出張営業」と表現されていましたが、そういう要素は多分に御座いましょう。

第一義が「イタコの降霊術によって苦を和らげる」であっても、そこに何らかの労働契約的な要素があれば、営業と言う表現は的を射ていると思いますし。



また、「恐山のイタコ」という表現がなされるのは、恐山という場の力であったり、イメージによるものもあろうと、私は推察しております。

私は、増上寺や知恩院で「場の力」を体験しておりますから、このような場の力が、イメージ戦略的に使われる事は頷ける話であると、頂いております。



とにもかくにも、恐山と契約関係ではない、個人事業主であるイタコが、出張営業的に恐山という場にやってきて、降霊術などを行うわけです。

このことから、「恐山のイタコ」を正確に表現した形に訂正するならば、「恐山という場に出張しているイタコ」でありましょう。



「恐山の」という表現から、所有格的な意味で捉えてしまい、そこから「恐山似所属しているイタコさんなんだ」と、誤解しかねません。

このような事情から、恐山のお坊さんも注意されていたことを、ここに来られた方への御縁という事で、私からもお伝えしておきます。

「恐山の」というのは、所有格としての意味ではない、所属の意味ではないという事を、理解しておく必要が御座います。



イタコの霊媒術であったり降霊術などの活動は、元来はご自宅に相談者を招いてするものであり、神社仏閣の行事に合わせて神社仏閣に来られるのは、言うなれば出張営業です。

そして、イタコは個人事業主で、恐山とは契約上の関係は一切ありませんから、イタコ関連の問い合わせは、恐山に問い合わせないようにしましょう。



恐山側は、長年来られているイタコとも顔なじみという、人間関係における関係性はあるから挨拶はされる、とのことです。

ただ、そのイタコの住所や連絡先、電話番号などの個人情報には、意図的に触れないようにされていると、南直哉さんが本で伝えられています。

恐山のお坊さんが、イタコとあなたの関係を取り持ったり、仲介されることは一切無い、という事ですから、これを機会に覚えて置くと宜しいかと存じます。
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松田広子さんが「最後のイタコ」と言われる事に違和感を覚える

松田広子さんに限った話ではありませんが、「恐山のイタコ」は、元来存在しないと言う事から、正確な表現ではないという事は、これで把握して頂けたかと存じます。

日本語としては、省略されている部分があるな、と、文字になっていない部分を読み解くことで、把握出来る事柄です。

「恐山(という場に出張している)イタコ」と、このような感じですね。



私は「まず文字を読みましょう」という提言をする事がありますが、文字になっていない部分も察したり読み解く必要も出てくるから、娑婆世界では難儀するものです。



言葉について話題にしましたから、もう一つ、私が新聞の文字から気になった点を一つ。

松田広子さんは、「最後のイタコ」と言われていますが、この言葉が引っかかりました。



松田広子さんについて、いわゆる「ディスっている」というわけではありませんからね、念のため注意しておきますが。

私は、「最後のイタコ」という表現に、違和感を覚えた、というだけの話ですから。



一体、何故違和感を覚えたのか。



だって、現時点では確かに松田広子さんが「最後のイタコ」と言えなくもありませんが、果たして今後ずっと、確実に「最後のイタコ」でありましょうかね。

そもそも「最後のイタコ」というと、イタコという存在そのものが、もう松田広子さんしかいない、という解釈であったり理解の仕方をする人も、いそうな気がするんですよ、私は。



確かに、現存するイタコの中で、松田広子さんが最年少であると言う事が事実だと致しましょう。

松田広子さんは、19歳でイタコとして仕事をするようになられてから、今までずっと「最年少のイタコ」という肩書きが御座います。

そこから読み解けることは、松田広子さん以降に、新人イタコはまだ一人も出て来ていない、という事です。

つまり、このまま新しいイタコが一人も世に出なかった場合は、文字通り松田広子さんが「最後のイタコ」になる可能性はあります。



しかしですね、この段階で「最後の」と言うのは、ちょいとオーバーではないかと私は思うたわけです。

だって、最後になるかどうかは結果論であろうというのが、私の考えです。



だから、正確に表現するならば、「松田広子さんは、現段階においては最後のイタコになるかも知れないイタコ」でありましょう。



そりゃあね、本やテレビ番組表に載せる文言としては、その方が印象的・インパクトがあるから分かります。

言いぐさは悪いかも知れませんが、薄っぺらいトレンドアフィリエイトブログは、クリックさせるために記事タイトルで煽るのだけは、やたら上手だったりしますからね。

まあ、だから「タイトル詐欺」なんてよく言われるのですよ。

「(芸能人の名前)の本名は?→本名を調べたけど分かりませんでした。」なんて、釣りかタイトル詐欺か、そんなところでしかないと、私は思うのですがね。



トレンドアフィリエイトブログはさておき、「最後のイタコ」というのは、今から言うのはちょっと気が早いのでは無いか、と私は考えたわけです。

「水トク世界の怖い夜」を視聴した事が、松田広子さんとの御縁となり、弟子入りされて修行も全て終えて、イタコとなって活動し始める新人が出てくるかも知れませんがね。

だって、この後にちょっと嫌味っぽく言いますが、「本当に松田広子さんを最後のイタコにしてはならない」という人だって、いるわけですから。



あくまで、松田広子さんについては、「最後となる可能性があるイタコ」と言うのが、私の読み方です。

松田広子さんと水トク関連の記事でアクセスアップを狙うトレンドアフィリエイトブログについて

ここからは、松田広子さんと恐山のイタコという表現に関する話から逸れます。

読み飛ばして頂いても構いません、はっきり言って、読む人にとっては怒りを覚える内容でありましょうから。



私は、今回の話を致しましたのは、恐山とイタコについての関係について、誤解を招きかねない新聞の文言と出会いまして、言わずにはいられなかったから、こうして文字にしております。

仏教者としての自覚もあることから、在家仏教者だからこそ伝えられる伝え方もあるだろうと言う事で、今回の話をして参りました。



その時に、恐らく「テレビ欄からネタ選定をする」という事が、トレンドアフィリエイトと呼ばれる世界では通例的になっておりますから、恐らく書かれるだろうなあ、と予測出来ました。

そして、蓋を開けてみれば、やはりかという感じです。



松田広子さんだけではなく、「水トク」で話題になるであろう山本文郎さんと山本由美子さんについても、書いている人は沢山いるだろうと予想も、その通りの結果でしたからね。

そして、恐らく番組が始まってからしばらくは、急上昇キーワードにも番組に関するキーワードなり名前が表示されるだろうと、予想しております。

※確認したところ、やはり「イタコ、恐山」と、山本文郎さんの名前が急上昇しておりました。



私は別に、書くな、とか、トレンドアフィリエイトそのものをするな、とは申しません。

特定のトレンドアフィリエイトブログが、あまりにも酷すぎるから、そうならないための警鐘を鳴らしておるだけであって。



ただ、松田広子さんをはじめとした、2017年1月放送予定の「水トク」の、心霊特集に関連する記事が、あまりにも酷いものばかりです。

松田広子さんの連絡先や口コミの記事も、薄っぺらくて「公式ウェブサイト見ればわかるだろう」という内容なのはもちろんの事、「子供は?」と、松田広子さんのお子さんについて勘ぐっている記事もありまして。

また、山本文郎さんと山本由美子さんについての記事も、案の定散見しておりました。

メディアに露出されている方が、騒がれるのは致し方ない部分も御座いましょう。

だからといって、考えなしに騒ぎ立てたり、アクセスアップのため「だけ」に話題にするのも如何なものかと思います、騒がれている身にもなってみなさいよ、と言いたい。

(アクセスアップが目的に含まれている事が駄目とは言いません、それもブログ運営では大切な要素です。)



こういうことをやらかしている者は、一度、己を顧みる「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」してみることを提言致します。



その話、記事にしている話題は、本当に「言わずにはいられないこと」ですか?

中には「興味深いですね。」「本当に松田広子さんを最後のイタコにしてはいけない」という言葉を載せていた輩もおりますが、本当にそう思っております?

本当に最後のイタコにしてはいけないなら、何故あなたは弟子入りして次の世代のイタコにならないのです?

本当は、そこまで強烈に思っていないからでしょう、「本当に」ではないからでありましょう。



娑婆世界も人も変わりゆく「諸行無常」ですから、考え方や在り方がぶれるのは仕方有りませんが、それにしても、あまりにも軽々しすぎません?



そりゃあね、Twitterでちょっと呟きたい事も有りましょうし、何でもかんでも「言わずにはいられない」という事しか書くな、というのは息苦しいから、そこまでは申しません。

しょーもないやり取りだからこそ、ほっと一息つくことが出来たり、和む事だったあるのは、私も経験しておりますし。

しかし、アクセス市場主義のトレンドアフィリエイトブログは、訃報記事や、人様のご不幸に関する話を無神経に垂れ流しすぎです。



今回のイタコについての話も、人の生命や宗教心・死生観に関わる事ですから、その辺りの洞察があっての事かどうか、私は今一度問い直すべきだと思います。



と、ありきたりで薄っぺらく、アクセスアップ「だけ」しか見えていないトレンドアフィリエイトブログと運営者に、一家言御座いましたので、ちょいといやみったらしくはありますが、提言して締めくくります。



あ、そうそう、今お伝えしたトレンド系ブログやサイトに、恐山との関係について追記されていたら、恐らく情報現は、今回の記事か、今回の記事を読んで慌てて調べてきた三次情報以下の情報ですから。

もっとも、私にとっても、恐山とイタコの関係については、本を読んだから知っているという事でありますし、二次情報ではありますがね。



何次情報だから駄目、というわけではありませんし、それだけで薄っぺらいというわけでもありません。

巡り巡ってきた情報があったからこそ、素晴らしい一言を発する人もいらっしゃるわけでありますし。

その事に自覚的であるか、きちんど洞察しておるかどうかという事が肝要で御座います。



合掌、礼拝

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