プロフィール:住職の横顔:

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。



私、修羅観音という生物は、京都在住です。

1980年代生まれであり、ファミリーコンピューター、略してファミコン世代だとか、そんな言われ方をするのでしょうかね。

京都在住であり、現在は仏教者・宗教者という自覚を持って、日々浄土宗の勤行・お勤めを朝と夕に行い、坐禅や瞑想もする仏教者で御座います。



そんな修羅観音という私の生態、いわゆる「プロフィール」につきまして、この場でお伝えしていくことと致しましょう。

現在の私・修羅観音に到るまでの歴史

現在、私はこのような仏教者として生きつつ、内職的な仕事をこなして、何とか整形と立てている状態です。

クラウドワークスや@SOHO等で、執筆・ライターの仕事をさせて頂いたり、ブログを作成して、そこの広告収入という形で現世利益(収益)を頂いております。

そのような整形の立て方によって生活しつつ、現在はプログラミングとブログ運営術を学んでおります。



私は、生まれも育ちも京都であり、都会か田舎かよく分からないような、中途半端な環境で生まれ育ちました。

小学生時代は、気が弱くて弱々しく、だからよくいじめられまして、中学時代にも少々いじめであったりいじられるという経験を経て、お金を取られるなんて事もあったものです。

それが嫌で、高校時代にはボクシングや古武術にも手を広げたものですが、気弱な性格までは変わらず、相変わらずのびびりで小心者な私で御座います。



大学は、龍谷大学という仏教系の大学へ行き、そこで仏教と本格的な出会いを体験致しました。

現在でこそ、私は浄土宗の檀家であり、仏教者という自覚がありますが、大学生当時の私は、学問的な認識敷かなかったというのが正直なところではありますがね。

ただ、元々仏教に抵抗がなく、仏教学という接し方があると言うことは、その時に意識せずとも、肌感覚で理解したのは確かであります。



お陰様で、現在で歎異抄に触れる際にも、すんなりと歎異抄と再開できたという実感がありまして。
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就職活動でののしられて・・・

大学3年生の夏休みを過ぎた辺りから、当時は就職活動が既に始まるという時代でして、私も例に漏れず、就職活動に勤しみ始めました。

当時は就職氷河期と呼ばれていた時代であり、5人の応募枠に1000人が詰めかけるという事が、日常茶飯事という時代です。

私は、結果として60社ほどに応募なり受験なりしたのですが、どこにも引っかかることなく、結論から申し上げますと、いわゆる「終活失敗」でしたね、連敗でした。



今思えば、完全な準備不足ではありました。

あのときに仏法としっかり出会っていれば、結果は違っていたのだろうと歴史を振り返って観ますが、それは過去への執着ともなりかねませんから、あまりグチグチは言わないようにしましょうかね。



ただ、私が煩悩具足で無知無能な学生であったとしても、それにしても酷いものでしたよ、圧迫面接だとか、買い手市場にあぐらを掻いた愚か者共の姿というのは。

きちんと正直に受け答えしたのに、ある企業、国際マンガミュージアムの近くにある某ゼネッなんたらかんたらという企業の社長に到っては、私に対して「目が死んでる卑怯者」とまでののしってきましたからね。



いや、意味分からんし。

正直に発言する人って卑怯なのでしょうか?

まあ、そういうのが横行していた時代です、私がたまたまそういう外道を歩む我利我利亡者であったり、愚か者としか遭遇しなかった御縁だったのかも知れませんが。



そんなこんなで、就職活動は連敗し、最終的に某和菓子工場で早朝アルバイトをしながら、就職活動を続けるという事となりました。

その後は一旦職を転々と・・・そして睡眠障害からうつ病へ

某和菓子工場で、早朝アルバイトをしながら、その後は色々な職業を転々と致しました。

1年2ヶ月くらい、某京都の有名和菓子工場での勤務を経て、やっとこさ就職できた印刷工場では、文字通り「肌があわなかった」ために、2日で退職しましてね。

私、アトピー性皮膚炎持ちであり、工場の粉末や薬品などで、2日で肌が偉いことになりまして、ドクターストップがかかって、あえなく退職。



その後、運良く京都のソフトウェア会社にてデバッグの仕事をさせて頂く御縁があり、半年ほどはそこでデバッガーとして働いておりました。

その最中、急遽「スキーしながら働きたいなあ。」と思った事から、思いきって長野の鹿島槍というところへ、リゾートバイト派遣を利用して、一冬スキーをしながらアルバイトしておりました。

その後、今度は静岡県南伊豆町にある弓ヶ浜が見えるホテルで勤務して、夏と冬を再考の環境で過ごしたものです。



ちなみに、南伊豆にいるときは従業員の権利を使いまくって、毎日温泉に浸っておりましたから、肌が凄く綺麗になったものです。

アトピー性皮膚炎に効果効能がある温泉って、あったのですね、私も初めて体験しましたよ。



その後、京都に帰ってきて、ソフマップなどで働いた後、6年ほど機械工具の卸売店に就職したのですが・・・。

睡眠障害からうつ病を発症、詐欺にも遭う・・・診療内科では発達障害やHSPも指摘される

学生時代の就職活動は、世間的には失敗と言える事を経験した後、20代後半でやっとこさ一定期間の間、きちんと勤められる機会工具店へ就職したまでは良かったのですが。



その後、私は自己啓発的なものに触発されて、いわゆるワーカーホリックと言いますか、とにかく働いている、お金を稼いでいるのが偉いんだ、という錯覚を起こしてしまい、とにかく仕事人間になります。

昼は機会工具店で、夜は@SOHOで御縁があったライター業に励むということを繰り返す日々。

夜中であっても、「あの記事、かける」と思い立ったら、すぐに起き上がって書くという日々です。



そうしている内に、睡眠障害を発症。

そこできちんと自己の状態に気づいて、その段階で診療内科に行っていれば良かったのですが、当時の私は自己席に論者で「自分が弱いからだ」と、更に自分を痛めつける始末です。



そうこうしているうちに、そこにつけ込まれて詐欺にも遭い、50万円という大金を失う羽目になりまして。

詐欺師は、うつ気味であったりうつ病などで苦しんでいる人をカモにしか観ませんからね。

奴らには人の心がありません、そもそもヒトデはない我利我利亡者という別の存在です。

そういう我利我利亡者に、まんまとやられた事も、うつ病を加速させた要因の一つです。



(もしも「自己責任だ」と、苦しんでいる人を追い詰めることを平気でしでかす愚か者は、今すぐこのページを閉じて下さい、そんな愚かで人の精神を持たぬ自己責任論者に、これ以上ここにいて欲しくありません。)



そうして、もう自分が何をしているのか分からない状態となり、2015年の4月上旬の朝、意識はあるのに体は全く動かなくなり、腰からすとーんと、台所で倒れました。



どれくらいの時間倒れていたか定かではありませんでしたが、その後、何とかのそのそっと起き上がり、でも立ち上がりきれずに机に突っ伏した状態に。

家族も私の顔色をみた時、、顔色が真っ白になっていて、これはまずい、と思ったそうです。

本当に血の気が引くと、真っ青を通り越して、真っ白になるようです。



そして、診療内科へ行ってカウンセリングと診断を1日掛けて行った結果、「睡眠障害、うつ病」と診断され、発達障害の気もあり、と言われました。

また、その時にHSPという事も教えて頂きました。

大人の発達障害については、もしかしたら、と思う場面が多々ありましたから、今思えばこれらの診断は納得が行くものです。

当時は「・・・へえ。」くらいにしか、もう頭が回りませんでしたけれども。



そうして、私はその時には全ての職を失い、闘病生活が始まります。

うつ病との闘病中に仏教と再開し、仏法に救われる

その後、うつ病治療の薬を何種類か頂きましたが、そのどれもで副作用が発生し、酷い場合には立ち上がるのも困難で、動けない状態というのが続きました。

本当に酷い状態の時には、命に関わる事柄の魔が差したこともあります

私は、何とか踏みとどまることが出来ましたから、今、こうしてこの文章を書けているのでありますがね。



診療内科に通って、でも全く効果も無く、そんな日常の中において、途方に暮れていた時の事です。



診療内科の帰り道に、ブックオフがあるのですが、その日は何となくふらりと立ち寄って、普段は行かない文庫本コーナーに行ったのです。

そこで、何気なく禅僧の本を手に取った時に、「喫茶去(きっさこ)」「日々是好日」や、良寛和尚の禅語が書かれておりました。



帰宅してから、実際に「喫茶去」をやってみようとしたときに、「閑かに、ただ只管お茶を飲む事だけになりきる、お茶を飲むことだけに集中する」と言う事が、如何に難しいか、と言う事を知りました。

そして、仕事のことばっかり考えて自己を追い詰めて、ゆっくりとお茶を飲むことさえ疎かにしていた自己にも、気づかせて頂いた瞬間を、確かに感じたものです。



そこから、禅仏教から仏教徒再会し、そうしているうちに「うちは浄土宗の檀家だったな」と言う事を思い出し、その御縁で24時間不断念仏会へ赴く事となります。

そこで、東京のお坊さんと良縁を頂きまして、そこでうつ病である事や、その時の苦を全てぶちまけたところ、全て受け止めて下さり、私が魔が差して命を失わないために、個人の電話番号まで頂く御縁が御座いました。



そうして、私は仏教にお救い頂き、現在に到ります。

仏教がなければ、今の私はいませんし、生きてさえいなかったかもしれません。



そういうわけで、現在の活動については後ほどお伝え致しますが、仏教への恩返しに繋がる活動も、するようになりました。

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現在の私の悩み

現在の私の悩みは、ここまで読んで頂いて居るならば、ある程度は察しが付くかと存じます。



現在、私は仏教のお陰様で、睡眠障害やうつ病などの症状は、良い方向へ向かっております。

現状で、プラユキ・ナラテボーさんから直接教わった手動瞑想であったり、勤行にて法然上人のお導きなどの仏法により、鬱症状から良い方向へ誘われているという実感が御座います。

瞑想や仏教の行事をするなど以外のリハビリ行っており、ロードワークや筋力トレーニングなどをするといった運動療法も取り入れております。



ただそれでも、時々であったり、周期によっては鬱症状が重くなることもありますし、睡眠障害も完全に払拭出来ておりません。

病院で処方される薬に頼らなくても良い状態にまでは、回復傾向に御座いますが、完全回復とまでは到っておりません。



また、こういう状態でありますから、まだどこか企業に落ち着いて再就職、という事もままならない状態です。

このような精神と体で、どこかの企業に勤めても、鬱症状が悪化して周囲の足を引っ張ってしまう、という強迫観念もありまして。



そういったところが、現時点での私の悩み所であります。



仏教では、悩みについては執着しないだのと色々と有り難い教えが御座います。

しかし、そうはいっても、そこは煩悩具足なる私、悩まないように出来ればよいといっても、内側からふつふつと沸いて出てくるのは、どうしようも御座らん事もあるものです。

「わかっちゃいるけど、やめられない」というやつです。

ちなみに、この「わかっちゃいるけど、やめられない」は、親鸞聖人、浄土真宗の教えである、という話が御座います。



こういう状態故に、現在は内職的な仕事を自宅で行って、生計を立てております。

内職と言っても、経済的な余裕は全くなく、貯蓄と内職にて頂いた現世利益(げんせりやく:収益の事)で、何とか食いつないでいるのが現状です。



うつ病に限らず、何らかの病苦には、どうしても経済的な苦難や悩み所は出てくるものです。

経験している人ならば、恐らく「そうなんだよねえ。」と、うつ病で失職中の人が抱える様々な悩みの中で、経済的な苦難は、特に現実問題としてひしひしと共感されるところではないかと存じます。



だからこそ、そういう苦を知ったからこそ、それを解決するために動き出し、こういう世界があると言うこととも御縁が御座いました。

病でも、生きていける方法の模索:解決策としてプログラミングやブログ運営を

このような状態の私でも、この娑婆世界を何とか生きるために、どうしたものかと色々と思索しております。

そのような思索の旅の最中、出会ったのが、「プログラミング」「ブログ運営」です。



ブログ運営と申し上げましても、よくあるトレンドアフィリエイトブログのような、人の不幸を喜んで金銭換算するような薄っぺらい我利我利亡者なブログ運営では御座いません。

よくありませんかね、「(芸能人の名前)の彼氏は?彼女は?家族は?」といった釣り記事タイトルで、内容は「調べたけどわかりませんでした。」と、存在価値ゼロのゴミブログやゴミ記事の数々。



そういう類いではなく、「三方よし」という、書き手も読み手も、世間も良しとされるようなブログ運営を目指し、その上で現世利益を頂く事によって、娑婆世界で生きられる経済力を構築する、そのような事を考えております。

その一環として、この寺院(ブログ)を建立したわけです。

ブログを運営することにより、私が体験したうつ病のこと等を知って頂く事で、うつ病などで苦しんでいる人達にとって生きる力となりましたら、幸いに御座います。



また、私が遭遇したような、うつ病の人の苦につけ込んで、大切な財産をだまし取るような詐欺師や我利我利亡者からも、病で苦しんでいる人達が遭遇しないような働きも致したい、そのような事を強く念います。

病苦と共にある人が、心ない人間止めた我利我利亡者共の毒牙に掛けられない智慧を備えて頂ける寺院(ブログ)であったり、苦しんでいる人達の駆け込み寺的な寺院(ブログ)にしていくことを念う次第で御座います。



ブログ運営と共にプログラミングも、病苦を持っていて外に出られない状態の人でも、娑婆世界で経済活動が行える力と言う事で、私も取り組んでいる次第であります。

プログラミング技術があれば、現在でしたらクラウドソーシングサービスを介して、仕事を受ける事も出来ますからね。



私の場合、年齢も年齢ですから、これから再就職という事は難しいという現状も踏まえて、こういった活動に取り組み、娑婆世界で経済活動をすることにより、生きる糧を頂ける力を養う取り組みをするに到ったわけです。

プログラミングやブログ運営の先にあるもの

私は、仏教を学んでいると言う事もあり、あまり将来のことを考えすぎると言う事をしておりません。

仏教においては、「今、ここ」を大切にするという教えがありますがゆえに。



ただ、だからといって、過去や未来を疎かにする事を教えているわけでは御座いません。

仏教が説く「今、ここを大切に」という御教えは、過去や未来に囚われすぎて、現在が見えなくなることを戒める教えであります。

間違っても、過去や未来を無視しろ、という教えではありませから、そこのところご注意をば。



それを踏まえて。



私は、未来に囚われすぎないようにしておりますが、青写真はある程度描いております。

私の描く青写真としては、こういう事を描いております。



:まず、プログラミングやブログ運営で、お客様の抜苦与楽によって現世利益を頂けるまでになる
:そこから、うつ病など何らかの事情で外で働けなかったり、病苦を抱えている人達が生きていける道を、この身をもってして示し、希望となる事
仏教への恩返しをすること(例えば、寺院のウェブサイトを作成させて頂く等々)



私が成し遂げようとしている事は、上の通りです。



私は、プログラミングやブログ運営術などを身につけて、自身で色々なウェブサービスやウェブサイトを自在に創造出来るようにする、と言う事を考えております。

そうする事により、病苦などで苦しんでいる人達や悩んでいる人達、その事による経済苦を抱えている人達へ、新しい生き方であったり、生きる力を提示出来れば、そのような青写真を描いているのです。



苦しんでいる人達の力となるために、まず私が力を付ける。

そして、それを成果なり形と為す。

仏教への恩返しをする。



プログラミングをするフリースタイルな在家仏教者として、このように歩んでおります、修羅観音で御座います。



:追記:

最近の私は、フリースタイルな在家仏教者として、このような活動を考えており、実践しつつ御座います。



「仏法の聞き手」



西尾維新さんの「物語シリーズ」に登場する、忍野扇の如く。

「ありとあらゆる物語の聞き手」の如く、「ありとあらゆる仏法の聞き手」。



合掌、礼拝

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