迫佑樹さんのプログラミング講座「Ruby入門」受講体験記|東本願寺で節談説教聴聞後に行く仏教者

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。

平成29年3月11日に、この段階で立命館大学の学生である、迫佑樹さんという方のプログラミング講座「Ruby入門」という講座を受講致しました。
この講座は、ちょいと私がプログラミングやブログ運営などについて学び合う僧伽(さんが)的な集まりに寄せて頂いている御縁にて、受講する御縁を賜った次第で御座います。

当日は、後半で話を致しますが、東本願寺のしんらん交流館大谷ホールでの節談説教を聴聞させて頂いた後に、はせ参じたものであります。



私は、RubyとRuby on Railsについて、ProgateやSchooを使っての独学習しかしておらず、誰かに教わる機会を欲しておりましてね。

そんな最中、迫佑樹さんのRuby入門講座は、まさに願ったり叶ったり。

願ったり叶ったりとは、煩悩まみれな事ではありますが、有り難き御縁で御座います。



そういうわけで、迫佑樹さんのRuby入門講座の体験記を、ここに記しておきます。



後半では、仏教者の寺院(ブログ)らしく、節談説教での聴聞についても、お伝え致します。

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迫佑樹さんのRuby入門講座の大まかな内容

迫佑樹さんが開催して下すった「Ruby入門講座」は、二条駅近くの立命館大学キャンパスの近くにある、貸しオフィスで行われました。

30分前に開場ということで、30分前に到着し、準備して待機。



そうこうしているうちに、私を含めて受講者は7人、迫佑樹さんとアシスタントと思われる方が一人、という人数で、講座が開始致しました。



内容は、「Twitter-botを1から作成していく」というものでして、鈍くさい私も、なんとか講座内で完成するに到りました。

知的財産権・著作権の事が御座いますから、ここでその詳細までをお伝えするわけにはいきませんが、2時間から2時間30分程あれば、作成出来ることが出来ましたよ。



また、私は普段、Cloud9というウェブブラウザがあれば開発が出来る開発環境を使っておりますが、講座では違うものを使用致しました。

Cloud9以外にも、このような便利な開発環境があるものだ、という事を知る御縁を頂いたことも、大変有り難かったものです。



私は、Rubyの予習と開発環境構築をしてからRuby入門講座に臨んだのですが、使わずに進められました。

開発環境構築が面倒だという人は、迫佑樹さんのプログラミング講座、Ruby入門講座を受講する機会がありましたら受けておくと宜しいかと存じます。

そうすれば、煩わしいと思われる開発環境構築の手間を省いた状態で、プログラミング・コーディングが出来ます。

迫佑樹さんのRuby入門講座の特徴1:懇切丁寧

迫佑樹さんのRuby入門講座で、実態に体験したからこそ語る事が出来る、語り得る事を、2つに絞ってお伝えしていきましょう。



迫佑樹さんのRuby入門講座について、その特徴の一つ目。



「懇切丁寧、個々に対応して下さる」



これ、当たり前と言えば当たり前なのでしょうけれどもね。

私は、何十万円もするコンサルティング料金を、お客様から頂いて居るにもかかわらず、これとは対極的な対応しか出来ない、憐れな我利我利亡者や詐欺師も知っておりますがゆえに、ここを強調しておきたい。



私は、初っぱなからブラウザ上で動く開発環境を構築したときに、ちょいと失敗してしまいまして。

あたふたとしておったのですが、「す、すみません宜しいでしょうか?」と尋ねたら、迫佑樹さんが傍らまでおいで下さり、丁寧に対応して下さいました。

オフラインのプログラミング教室の魅力として、講師と直接やり取り出来る安心感とありますが、まさにこのことです。

原因は、どのブラウザ(FirefoxだとかIEだとかGooglechrome等の事です)に起因する事であり、ブラウザを変えることで、事なきを得ました。





受講生の困難を瞬時に見抜き、丁寧に、ど素人の私にもわかりやすく、易しくかつ優しく伝道して頂けた事は、非常に安心感があり、有り難かったもので御座います。

私よりも15歳ほど若くして、でも年上にも物怖じせずに堂々かつ丁寧に対応して下さり、非常に有り難し。



そうそう、年齢の話を致しましたから、Ruby入門講座の体験記から話は逸れますが、仏教者らしく、教えを乞うときの態度・在り方と年齢についての話を少々。



仏教では、年齢の執着を戒める教えもありますし、教えを乞う以上、私は年上だからとか、年齢について拘りすぎる事は抜きにする方が望ましい、という立ち位置であります。



例えば、「七仏通誡偈(しつぶつつうかいげ)」の御教えとしてこういうものがあります。

「たとえ三歳の童子でもわかる事でも、八十歳の老人でも実践しがたい」



また、ダンマパダ(法句経)の260と261には、こうあります。

「白髪頭であるというだけで、ただ年を重ねたというだけで、長老(賢い老人)ではない。」

ただ年上だけと言うだけで、年下の人に対して偉そうにする態度は、どういうことであるのか、仏教の視点から考えて観ると宜しいかと存じます。



自身より若年である人に、何かを教わる際には、戒めたいところで御座います。



ありませんか、年長者に何かを伝えようとしても、「お前の教え方が悪い」と、ぎゃーぎゃーわめかれること。

そりゃあね、伝え方も改善する必要はありましょうが、だからといってこのような在り方は、反面教師にしたいもので御座います。



今回のRuby入門講座では、そのような人は一人もいませんでしたよ。

終始穏やかに進み、穏やかにお開きになりましたから。



もしもこれから、こういう講座や色々な場所で、年上と言うだけで年少者に対して偉そうにしている輩を見かけたら、ダンマパダを思い出して頂ければ、仏教者としては嬉しゅう御座います。



ちなみに、以前にお伝え致しました「お前呼ばわりをする輩」についての記事で取り上げさせて頂いた、やまもとりゅうけんさんも、講座こられておりまして。

参照記事:「「お前呼ばわり」や「あんた呼ばわり」する人とは、なるべくお付き合いしたくない」



ほんと、後輩や年上だと言うだけで、お前呼ばわりして偉そうにしている輩とは、お付き合いしとう御座いませんがな。

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迫佑樹さんのRuby入門講座の特徴2:説明も丁寧でわかりやすくされている

迫佑樹さんのRuby入門講座で感じた特徴の2つ目。



「説明内容も丁寧で、専門用語を連発せず、わかりやすく解説されている」



これは、恐らく迫佑樹さんが、まだ語彙の量が多くないと思われる、迫佑樹さんよりも更に年少者である中高生にも、プログラミングを伝道されているという経験によるものではなかろうか、と観ております。

今回の、迫佑樹さんのRuby入門講座でも、冒頭で「中高生、子供達にもプログラミングを教えています」と、自己紹介されていました。



私は、お世辞にも語彙が多いとは言えず、そもそも理解力も無い凡夫であると自覚しております。

ただ、それでも36年以上生きているわけですから、それなりに語彙・言葉を覚えてはおります。



最近は、仏教用語に偏りつつありますがね。

それゆえにと言いますか、だからこそ、偏っている言語や語彙に頼りすぎて話したり書いたりしてしまうことが、しばしば御座います。

その辺り、現在は神里よしとさんのブログ運営についての直接伝導にて、修練させて頂いているわけでして。



こういう現状の私としましては、迫佑樹さんのプログラミング解説、Ruby解説は、非常に有り難かったものです。

Rubyを理解して進めていくという意味でも、物事をわかりやすく解説するという意味においても。



迫佑樹さんの解説で感じた事は、専門用語を使いすぎず、本当にプログラミング初学者・初心者にも分かるように解説して下さっている、という事です。



そりゃあね、「配列」や「ハッシュ」という単語は、使われますよ。

配列の説明としては、「配列とは、複数のオブジェクトを云々」とか、「Enumerableモジュールをインクルードして云々」とか、そういう説明も出来るかと存じます。

専門家ならば、このような説明で理解出来ましょう。

しかし、恐らく初学者にとっては「モジュールってなんぞや、インクルードだと、トムクルーズの親戚?」とか、混乱しかねません。



迫佑樹さんは、こういった専門用語で圧倒することなく、初学者にもわかりやすく説いて下さいます。

「配列は、0という箱の中に数値とか文字が入っています。ハッシュでは、この0という箱に、自分で名前を付けられます。」とか、そんな感じで。

言うなれば「解きほぐして説く」という解説の仕方です。



語彙の分量が、まだ多くないであろう中高生にも、プログラミングをわかりやすく説くという事を実践されてきた事が、このわかりやすい解説方法が磨かれているのだろうなあ、と、観たもので御座います。



そしてそこから、そのために迫佑樹さんご自身も、勉強を常にされていると言うことを観てとったものです。

そしてこれは、最後に話します、節談説教をして下さったお坊さんからも学ばせて頂いた事にも通じます。



節談説教のお坊さんは、「難しい事を分かりやすくするためには、沢山勉強しなければ出来ない」という事を、ご先祖やご自身の体験から語られました。

私が体験した、難しい用語を使わずにわかりやすく説く、という事を実現出来た迫佑樹さんは、それだけ常に勉学に励み精進されているという在り方の現象でありましょう。



仏法・仏教用語を、仏教の言葉を使わずに伝えるにはどうすればよいのか、と言う事を学ぶ上で、有り難い教えで御座います。

機会があれば、迫佑樹さんのプログラミング講座を受講されたし

以上のように、迫佑樹さんのRuby入門講座にて、実際にTwitter-botを作成する過程を、実際にコードを書き、動きを見ながら学ぶ事が出来ました。

「泳ぎを覚える事について、本を読んだだけでは泳げるようにならない。」とは、よくいったものです。



私の場合は、陸上競技やボクシングの経験から、こう言い換えることが出来ましょうかね。

「本を読んだからと言って、ワンツー(ジャブとストレートのコンビネーション)を打てるようにはならない。」



言語化して理解する事に、読書による独学習は、確かに大切ではありますが、プログラミングもスポーツの世界も、やはり実際に体を動かしたりコードを書いて、動きを見ないことには、分からん事が多々あります。

今回の、迫佑樹さんのRuby入門講座では、その事を改めて観じたもので御座います。

仏教には「一掃除、二信心」という言葉がありますが、こういうところに通じます。



迫佑樹さんのRuby入門講座は、非常に有り難い御縁で御座いました。



解説もわかりやすく、置いてけぼりにせずに、丁寧に対応しながら進めて下さいますから、プログラミング初学者にとっては、大変有り難い講座です。

もしも機会がありましたら、言語はRubyになるかどうかはその時の御縁でありましょうが、迫佑樹さんのプログラミング講座は、宜しい選択肢かと存じます。



彼からプログラミングを直接伝導してもらえる中高生は、よろしい御縁でありますな。

迫佑樹さんのRubyプログラミング講座の前に、東本願寺で節談説教を聴聞す

最後に、迫佑樹さんの初学者・初心者向けプログラミング講座「Ruby入門」へは、私は東本願寺のしんらん交流館から向かったという話をば。

プログラミング講座と全然関係無いように思われるでしょうがね。

まあ、この寺院(ブログ)は、仏教者が綴るという題(コンセプト)ゆえに、何か仏教らしい事を、話の何処かで入れておきたい、という欲求がありまして。

それに、迫佑樹さんのRuby入門講座当日は、東本願寺の節談説教を聴聞させて頂きまして、話さないのも勿体ないかとも思いますし。





私は、迫佑樹さんのRuby入門講座のある日に、14時に東本願寺のしんらん交流館大谷ホールに赴きました。

そこで、真宗大谷派僧侶であられる、元立命館大学理事の亀田晃巌和上の「節談説教」を聴聞したのです。



節談説教とは、法話・説教に抑揚を付ける、つまり節をつけることにより、聴聞している人々が感情移入したり、情に語りやすい説法の形です。

浪曲や落語の母体となったものでありまして、節が付いている素語りで仏教の話をしている、と言えばわかりやすいでしょうか。

このたびの御縁にて登壇された亀田晃巌和上は、「亀田節」の亀田千巌師のご親族だそうです。

今回、亀田晃巌和上が話して下さった節談説教は、親鸞聖人が関東から京都へ帰られるときのご様子と、京都で関東の同朋と再開されたときのご様子についてであります。



今回、2017年時点で、大学生であられる迫佑樹さんについて話をしていますから、もしかしたら、あなたは大学生であるやもしれませんね。

そして、落語研究会の人かも知れません。

もしそうであるならば、ご自身が携わる世界の母体を、今回の「節談説教」の話から、歴史を辿られると、趣が違ってくるかと存じます。



こうして、東本願寺のしんらん交流館で、節談説教を聴聞した後、プログラミングを学びに二条城近くまで赴きました。



この日は、「プログラミングするフリースタイルな在家仏教者」らしき姿であっただろうかなあ、と、思うもので御座います。



合掌、礼拝

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