自己啓発本とは上手に付き合わないと人生を消耗しますよ

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。

以前に、うつ病患者や、うつ病等の精神的な事柄において休職中で不安感や焦燥感の強い人は、自己啓発本は読まない方が良い、とお伝え致しております。
私自身、自己啓発の有用性と毒を体感として、肌で知っておりますから、むやみやたらとおすすめしたりは致しません。

「おすすめの自己啓発本ってなんですか?」と尋ねられても、「そんなものはない」もしくは「不識(ふしき:知らんがなって意味)」と答えます。



自己啓発本とは、その存在自体が悪ではありません。

私は、自己啓発業界そのものに懐疑的ではありますが、存在そのものは否定しませんし、使い方次第という立ち位置ですからね。

肝要なのは、自分はどのように接するか、です。

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自己啓発本とは何かを考える

今回の表題は、あるブログの世界で有名な人の表題(記事タイトル)の付け方を拝借しようと思ったのですが、既にある程度の人が使っていらっしゃいましたから、やめました。

「まだ自己啓発本で消耗しているの?」とか「自己啓発で消耗しているの?」と、そのような感じにしようとしたのですが、すでにいらっしゃるようなので、私は少し違う表題にしたわけです。



表題のことはこれくらいにして。



自己啓発本とは上手に付き合おう、という話をするわけですが、その前に「自己啓発本とは何ぞや?」という話をしないといけません。

自己啓発書、あるいは自己啓発本とは、一言でまとめますと、
:自己の能力向上や発展、成功の手引き書
です。

この辺り、仏教的な接触・アプローチなり考え方をする私としましては、「自己の能力向上とは何ぞや、成功とは何ぞや」と突っ込み出すのですがね。

臨済宗の禅僧、一休さん辺りは、しつこく突っ込んできそうです。



あまり突っ込みすぎると話が進みませんから、とりあえずは、「自己啓発本とは何か」という定義については、このように認識しておけば宜しいでしょう。

そもそも何のために自己啓発本を買うのですか?

自己啓発本とは、自己の能力向上や発展、成功するための手法が書いてある手引き書、という定義があるとして。

では、大切な事を尋ねます。

私も自己啓発本に嵌まっていた時期に反省すべき事だったのですが、自己啓発本を本屋で手に取ったと致しましょう。



その自己啓発本、何故手に取ったんですか?

そして、何故わざわざお金を出して買うのでしょう?



これね、結構素通りして、レジに並んで手に取った自己啓発本を買う人って、多いのではありませんかね。

以前の私もそうでしたよ、「何故、この自己啓発本を買うのか」という事を明確にしないまま、自己啓発書の著者に財産を吸い取らせてしまっていましたから。



そこで、改めて考えて見ましょう。

自己啓発本とは、何のために購入するのか。

早い話が、皆さんこれじゃありませんかね。



「金のため」



要するに、金を稼ぎたい、経済的な側面で成功したい、という理由です。

経済的な側面で成功したい、経済的自由を手に入れたい、という言葉の意味は、早い話が「お金持ちになりたい、お金を稼ぎたい」ということです。

お金に関する自己啓発本が多い事からも、お金という概念が凄まじい力を持っている現代社会においては、自己啓発本を買う目的も、突き詰めればお金のためといっても過言では御座らんでしょう。



それ自体は悪い事ではありません、現代社会ではお金の力は無視出来ませんし、生活するために必要な事です。

ガチの仏教者として生きていくならば、托鉢文化のある仏教圏で生きる事になりますから。

それこそ、魚川祐司さんが仰るように、「異性と目を合わせずニートになれ」ってなもんですよ。

娑婆世界で、社会の中で生きる上では、お金のために本を買う、自己啓発本を買うという理由は、否定されるものではありません。



でも、大体が「この本の事を実行すれば、成功出来る、ひいてはお金を稼ぐ事が出来るんだ」という煩悩から来る考えを持つのではありませんかね。



自己啓発本を手に取るときも、読んでいる最中も、読み終わった後も、逐一己に自己を問うて、自己の業(ごう:行為の事)を観察して気づくようにしないと、上手に付き合えなくなります。

そして、大切な人生を自己啓発本に消耗させられます。
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自己啓発本とは上手に付き合わないと時間とお金を消耗するだけ

自己啓発本とは、上手に付き合わないと消耗するものが御座います。

それは、「時間とお金」です。



自己啓発本とは、大体が具体的な内容を書いておらず、抽象的な言葉を羅列して、地に足が付いていない話が展開されます。

特にポジティブ系自己啓発本とは、やたら前向きなことが書いてあったりして、正直私は気持ち悪さも感じるほどです。

成功体験系の自己啓発本も、大して参考になりません。

大体、成功体験型の自己啓発本に観られる「私にだって出来た、だからあなたにも出来る」という言い回しは、傲慢です。



そもそもとして、自己啓発本に書かれていることは、表現こそその人特有かも知れませんが、突き詰めれば過去に誰かが言っている事です。

それこそ、仏教が2500年の歴史の中で、どこかで言っている事である、と言う事ばかりですからね。

そういった、長い歴史に鍛え抜かれた言説などを億倍くらいに薄めたものが、自己啓発本です。

もしくは、聞いてもおらんのにべらべらと成功体験談を宣っている本であるか、その程度のものです。



そして、自己啓発本とは、大抵がそんな感じで我々の高揚感を煽り立てるだけのものです。

霊感商法や宗教心を持っていたり、そういう事に敏感な人や感性が鋭い人が、「気持ち悪い」というのは、そういう部分に起因します。

自己啓発セミナーや自己啓発に毒された奴、また自己啓発本とは気持ち悪いもの、というその感性は、実は大切な気づきであります。



こういう事から、自己啓発の本についての言説として「99%くらいは無駄な本」という人もいらっしゃいますが、体感としては「確かになあ。」と、私も思うところで御座います。

本当に役に立っているならば、「私はこの本のおかげで成功出来ました」と、超具体的にその過程を解説しながら、どのように成功しているのかを証明している人がもっと多くいるはずです。

ベストセラーとなっている自己啓発本を読んで、この本のお陰で成功したと情報開示している人って、どれだけいらっしゃるでしょう。

その事を考えただけでも、把握出来る事でありましょう。



抽象的で薄っぺらい事ばかり書いてある自己啓発本とは、上手に距離を取ったりして付き合わないと、お金と時間を消耗するだけです。

自己啓発本を読んだだけでは意味が無い、行動しないと、とは言うけれど

自己啓発本とは、読んだだけでは意味が無い、行動しないから意味が無いんだ、という事を言う人もいます。

それはそれで聞くべき意見でありますし、確かに正論っちゃ正論ですわな。



しかし、正論こそ全く別の視点であったり、変化球的な角度から読み解いていくことが、智慧を育むことに繋がります。



本を読んだり物事を学んだ後、行動しないと、実践しないと身につかないことは確かです。

私も、現在は仏教とRubyというプログラミング言語をせっせと学んでおりますから、その事は実感しております。



私、Rubyは本と「ドットインストール」などの動画を毎日観て読んで勉強しております。

しかし、読んだだけではプログラムを組む事が出来ません、そりゃそうでしょう。

現在は、まだプログラムを組むに到っておりませんが、実際にコードを書きながら勉強しております。

エラーばかりでなかなか前に進めませんが、それでも「こうすれば動くようになるのか」と、素人なりにコツコツと実践して気づかせて頂いておる次第です。



仏教においても、瞑想の仕方を学んだどころで、実際に瞑想を実践しないと、何にもなりません。



そういう事を経験的に知っておりますから、「自己啓発本とは行動を伴う付き合い方をしないと意味が無い」という言説は、理解出来ます。

理解出来ますが・・・ね。



言っている事は理解出来ますが、それにしても、と、思う事が御座います。

自己啓発本を読んでも行動するに到らない理由は、確かに自己啓発本を読んでいる側の責任や要因も御座いましょう。

でもそれ以外に、私は2つの理由も考えるべきであろうと思うております。

自己啓発本を読んでも行動できない理由2つ

一つは、「その自己啓発本や著者そのものに、人に行動を促す力が無い」ということです。



これね、実際に私も体験した事があるのですよ。



昔、トレンドアフィリエイトをコンサルティングすると言っていた自称コンサルタントの青二才と、複数人と音声スカイプした事がありましてね。

で、そいつは恐らく高揚感を煽って奮起させるための作戦だったのでしょう、お客様を嘘つき呼ばわりしたり、覚悟はあるか、と問うてきました。

「トレンドアフィリエイトをするのに、命を賭ける覚悟はありますか?」ですって。

あなたはあります?これに命を賭ける覚悟。

そもそも、覚悟という言葉を軽々しく使いすぎです。

覚悟とは本来仏教用語である、とかそういう話以前の問題です。



で、その自称コンサルタントの青二才に覚悟があるがあるかと言うと、後日談のおち。

お客様を嘘つき呼ばわりして偉そうなことばっか言ってたんだから、案の定、コンサルティング企画は大失敗です。

そして、その青二才君はどうしたか。



母親に泣きついていました。



人情としては、そりゃ身内に泣きつきたくなる心情もわからんではありませんが、お客様と取引する事業主としては・・・ね。



こんな有様の輩が書くような自己啓発本や自己啓発的な言葉に、果たして人様に行動する力があるでしょうかね。



二つ目は、「そもそも行動できる状態では無い、動けない」です。



これは、以前もお伝え致しました、うつ病であったり、うつ病から休職中で、不安や焦燥感にがんじがらめになって、全く動けない、という場合も御座います。

このような状態の人は、必要ものは自己啓発本ではありません、適切な治療を程してくれる医療機関であったり、認知行動療法などの治療です。

もしくは、信頼出来る専門のカウンセラーや、人によっては私のように、お坊さんであったりします。



自己啓発本とは、こういう状態の人には、劇薬になって危険です。

「行動しましょう」が重荷になり、きつい刺激になり、取り返しの付かない行動に及びかねませんからね。

うつ病であったり、精神疾患と共にある人は、重大な決断をしない方がよい、と言われているのは、本当ですし、私も経験上、この事には同意します。



ゆえに、無理にポジティブになって行動を施すような自己啓発本とは、毒になったり劇薬になり、大変危険な要素を孕んでおります。



自己啓発本を読んでも行動できないのは、本人の自己責任では無く、どうしようもなく行動できない、行動してはいけないという事例も御座います。

そういう人は、そもそも自己啓発本とは距離を取るべきです。

自己啓発本とは、結局何なのか:二人の芸能人が的確でわかりやすく一言で言ってくれている

自己啓発本とは上手に付き合わないと、お金と時間、ひいては人生を消耗してしまう、という事を申し上げてきました。



一方で、自己啓発本とは相性が良く、力として使える人がいるのも、確かに存在します。

その事について、非常にわかりやすい一言で、二人の芸能人が仰っています。

有吉弘行さんとマツコデラックスさんが、お二人がMCをつとめられている番組で、このように仰っています。



「自己啓発本とは、余裕がある人が読むもの」



いや、ほんと、これですよ。

それに私が付け加えるならば、こんな感じです。



「自己啓発本とは、心とお金に余裕があって元気な人が読むもの」



お金と心に余裕があり、更に元気で棘のある言葉でも傷つかない程の状態の人にとっては、確かに自己啓発本とは力となりましょう。

逆に、うつ病であったり、あまり元気が無い人であったり、心とお金に余裕の無い人が読むのは、劇薬とかしてしまう危険が御座います。

そのことについては、こちらでお伝えしている通りです。

参照記事:「うつ病で休職中や不安な時にポジティブ系自己啓発本を読むのは危険です」



自己の状態を把握し、それに気づける事が、自己啓発本と上手な距離を取った付き合い方が出来る、私はそのように頂いております。

自己の状態を把握してきちんと気づきの智慧を育んでいる人は、そもそもとして薄っぺらい巷の自己啓発本は必要なさそうですけれどもね。



合掌、礼拝

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