御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。
自己啓発本や、自己啓発セミナーといった、自己啓発に嵌まる人は搾取されやすい、という言説が御座います。
私も、搾取されていく人の現場を目撃したことがありますし、潜入捜査などによって、そのカラクリを目の当たりにしてみて、確かになあ、と感じるところです。
実際に、同一の自己啓発セミナーに、複数回通っている憐れな被害者も目撃したものですし。
自己啓発本や自己啓発セミナーに通い続けても、中には全然変わらない、と、嘆く人がいるのも、また事実。
それどころか、悪い方向に変わっていく、早い話が、搾取されたあげくにうつ病等になってしまうという人もいる始末です。
いや、ほんと、笑えませんからね。
自己啓発のために、借金してまで続ける人とか、自己啓発本や自己啓発セミナーに洗脳されたら、陥ってしまう危険がありますから。
そのような事にならないために、自己啓発本を読んでも、自己啓発セミナーに通っても、変わらないカラクリについて、お伝え致します。
Contents
自己啓発本や自己啓発セミナーを続けても変わらない理由を話す前の前提的な話
私は、自己啓発という概念そのものは、悪いとは申しません。自己研鑽を継続する、あるいは「良き縁に触れ、良き縁となし、良き縁となる」を実現したり、「自利利他円満」を根底とした商いをするための、その補助的な概念として、自己啓発は確かに役に立つ事も御座います。
人によっては、確かに大いに活用出来るという状態場合もありますからね。
ただ、それを悪用している我利我利亡者で詐欺師が宜しくないと観ずるもので御座います。
人の不安や「変わりたい、けど変われない」という部分につけ込んで、搾取しようというのが、宜しくない。
特に、私も経験している、うつ病であったり、不安障害や焦燥感に悩まされている人は、そういう輩にどうしたって洗脳されたり、人生を奪われてしまう危険が孕んでおるのです。
きゃつらは、そのような洗脳搾取の技に長けていますからね。
無能なくせに、人の人生を狂わせる能力だけは持っているのですから、始末が悪いし性質(たち)が悪い。
自己啓発本や、自己啓発セミナー講師に搾取されないために、ちょいと仏教的な問いかけを、前提としてしておきます。
まず、「変わるとは何ぞや」という事を、考えて見ましょう、それも深い洞察レベルで。
よく言いますわな、「自分を変えろ」と。
人を変える前に自分を変えろ、と。
これ、それを人に向けて言っているあなたはどうなんだ、と、いつも突っ込みたくなりますが、それは置いておきまして。
では、「自分を変える、変わるとはなんぞや」まで、考えた事は御座いますかね。
そもそも、「変わる必要はあるのか?」と、問いを立てたことはありましょうか。
例えば、「私はネガティブ思考だ、だからそれを変えたい」とか、一見すると、良いことのように思えます。
しかし、私はそのネガティブ思考とやらも、一つの性質でしかなく、ネガティブ思考だから慎重に物事を完遂出来た、という事例だって御座いますから、一概に悪い事ではありません。
ネガティブ思考そのものが悪なのではなく、無理に変える必要も御座いません。
ネガティブ思考が悪ならば、五木寛之さんや私のような存在は、否定されるのでしょうか。
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不安を敵視しなくなるように変わる、と言ったところでしょうかね。
ちなみに、五木寛之さんがご自身を「ネガティブ思考」と仰っている本は、こちらです。
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ネガティブ思考だからこそ、生きていける人もいます。
そういう人が無理にポジティブ思考に変わろうとしたら、逆に不具合が生じます。
私も、自己啓発的なこと、例えば自己啓発業界は「目標設定」が大好きですが、私はそれをやり続けた結果、睡眠障害やうつ病等に到りましたからね。
目標設定をして自分を変える、という事は、私には毒でしかなく、そこは無理に変えなくて良かったのですよ、しかし、時既に遅し、今はうつ病と共にあります。
このように、自己啓発本や自己啓発セミナーによって無理に変えようとすると、不具合も生じます。
そうならないための前提として、不具合を生じさせないための安全装置として、「変わるとは何ぞや、本当に変わる必要があるのか」という、仏教的な根本を問う智慧を、お伝えしておきます。
それを踏まえた上で。
自己啓発本や自己啓発セミナーに通っても、全然変わった気がしない、自分が変わらない理由を、3つに絞ってお伝えしていきます。

自己啓発本や自己啓発セミナーを続けても変わらない理由1
自己啓発本や、自己啓発セミナーに通い続けても、変わらない理由の一つ目。「自己啓発本の著者・自己啓発セミナー講師が、そもそも無能で言説も薄っぺらい」
自己啓発本の著者や、自己啓発セミナー講師の言っている事は、そもそも薄っぺらいし、存在そのものが薄っぺらい。
濃く見せるための、装飾やストーリー仕立ては確かに上手かもしれませんが、言っている事は非常に薄っぺらいものです。
自己啓発本を100冊以上読んで、濃い内容は一言二言あるかないか、というところです。
そもそも、きゃつらが偉そうに言っている事は、2500年前か、少なくても700年から800年前に、仏教が説いてくれています。
下手な自己啓発で「ウェイ」となるより、落ち着いて仏教を学ぶ方が、よほど自己研鑽に繋がる自己啓発的な学び方です。
そりゃあね、仏教的なな読み方をしたり、宗教視点を持って洞察していけば、深める事は出来ますよ。
出来ますが、つまりそれは、こちらが如何に読むか、にかかっていることです。
確かに、蒟蒻問答的な読み方をすれば、自己啓発本のような燃えるゴミであったり、やたら「ウェイ」なうざい自己啓発セミナーからも、学ぶ事は出来ましょう。
(蒟蒻問答は、笑い話としても面白い上に、非常に学べる落語の話です、興味が御座いましたら、調べて見て欲しいところで御座います。)
しかし、逆を言えば、そこまでこちらが洞察力を持ってして接しなければいけない、ということです。
お客様をきちんと良い方向に変える能力は、自己啓発本の著者にも、自己啓発セミナー講師にも御座いません。
そのくせ、「あなたが変わらないと、人を変える前に自分を変えろ!」と、草薙素子の台詞を真似して、ちゃっかりお客様に責任転嫁する始末です。
もしも「あなた次第」なんて言い訳するなら、そもそも自己啓発本の著者も自己啓発セミナー講師の存在も不要でしょうに。
有能な人のやることですか、これが。
自己啓発本に書いてある事も抽象的で薄っぺらく、自己啓発セミナー講師も無能で薄っぺらい、そりゃ、変わる人も少ないのは必然です。
そもそも、変わるとしても、変な方向に変わってしまいかねませんから、むしろ変わらない方が宜しいかも。
毒されてしまって、自己啓発的なうざい「ウェイ!」に変わったら、目も当てられない。
自己啓発本や自己啓発セミナーを継続しても、変わらない理由2
自己啓発本や自己啓発セミナーを続けても、変わらない理由の一つ目。「自己啓発本の著者や自己啓発セミナー講師の目的は金儲け「だけ」で、あなたを変える事ではない」
自己啓発本の著者や、自己啓発セミナー講師は、なぜ本やセミナーを世に出しているのか。
それは、「金儲け第一主義」だからですよ。
自己啓発本を読んだあなたが、自己啓発セミナーに通うあなたが変わる事なんて、二の次です。
あなたの事を全く見ていません、きゃつらが見ているのは、自分の銀行口座の残高か財布の中です。
「世の中を変えたい、あなたを変えたい!あなたのために!」と嘘をつく前に、まずはその我利我利亡者で詐欺師な在り方を変えるべきです。
聞いてます?自己啓発詐欺をやらかしている我利我利亡者共よ。
そもそも、お客様が「変わった!」と変わる事に成功して卒業したら、搾取出来くなるなります。
変わらない方が搾取しやすいし、その方がお金だけを見た場合、非常に都合が良いのですよ、我利我利亡者な自己啓発系詐欺師にとっては。
だから、無理に変えるのではなく、あなたが変わる事は「ついで」のことです。
二言目には「あなた次第」という輩は、金だけ取って責任は一切取らない我利我利亡者な詐欺師と断定するくらいが、自己啓発業界においては丁度良い塩梅です。
ちなみに、私が実際に見聞きした例では、同じ自己啓発セミナーに20回以上通って居るのに、全く変わらずに搾取されて続け、そのセミナー講師のために借金と心療内科通いしか残らなかった、という悲しい事例もあります。
あなたにはそうならないように、このような怖さがあるということを、ここで知って頂きとう御座います。
そもそも、自己啓発に金銭は必要ありません。
お金を出さないと踏み出せない、自分を追い込めない、という輩もおりますが、それは「埋没費用効果(サンクコスト効果)」の脅しにまんまと陥りかねない危険な思考です。
株やインターネットビジネス系の詐欺師が、よく使う手法ですね。
「ここまできたのだから、次の高額バックエンド商品も買わないと、今までの苦労が水の泡ですよ」と、脅したり煽る手法は、この埋没費用効果・サンクコストによる脅しです。
自己啓発の世界も「更に学ぶために、更にあなたを確実に変えるために」と煽って、お金を搾取してきます。
そこに陥らないために、「そもそも自己啓発にお金をかける必要は無い、自己啓発にお金は絶対に必要ではない」ということを、知って置く事が肝要です。

自己啓発本や自己啓発セミナーを続けたところで、自分が変わらない理由3
自己啓発本や、自己啓発セミナーに通っても、自分自身が変わった実感がない、変わったと思ったのに元の木阿弥で変わらない理由の三つ目。「高揚感を煽られて興奮状態に陥っているのを、自分は生まれ変わった、と錯覚しているだけ」
これは、以前にお伝えした「脳と瞑想」という本でも、そのカラクリを解説して下さっています。
参照記事:「自己啓発セミナーとは怪しい宗教?霊感商法の出来損ないですから関わらない事」
「脳と瞑想」はこちらです、瞑想についても科学的に学べる良書です。
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自己啓発本を読んだり、自己啓発セミナーに行ってみたら、その場では、もしくはその少し後くらいまでは、なんだかヤル気になったり、力がみなぎってくる、というのは、確かにあります。
そこが、自己啓発詐欺師の狙っているところなのですがね。
自己啓発本を読んで発憤したり、自己啓発セミナーの会場では「ウェイ!」となっている状態は、単に興奮しているだけです。
特にセミナーでは「ワーク」とか言って、お客様を興奮状態にしてきます。
「ダンスだー!」とかハイタッチとか、やたらお客様に動くことを強制しているのは、脳を興奮状態にして、高揚感を煽って冷静さを失わせるためです。
私みたいに仏教的な問い方をされたら、搾取出来ませんからね。
「ダンスとは何ぞや、なぜそれをするのか、そもそもこやつらの目的は云々」とやられて見破られたら、詐欺師達は困るのです。
だから、初期段階でお客様の高揚感を煽って、興奮状態を創り出さないと、都合が悪いのですよ、お金を搾取するためには。
それが、自己啓発セミナーのカラクリです。
自己啓発本は、その簡易版と認識するくらいで、丁度良い塩梅です。
読んだその時は、確かにヤル気になったり興奮することもあるでしょうが、その日のうちか、3日もすればその興奮もどこへやら、といったところです。
自己啓発本と自己啓発セミナーは、ただ高揚感を煽られて興奮しているだけで、あなたが変わったのではなく、単に興奮している状態を「変わった」と錯覚しているだけです。
高揚感を煽られた事による錯覚におぼれないように、自己を省みる智慧を育む事が肝要です。
上でお伝えした「脳と瞑想」では、その注意点と解決方法、瞑想により錯覚に陥らない智慧も学ぶきっかけとなりましょう。

自己啓発本や自己啓発セミナーに頼らずとも、変わる時節には変わっていくもの
自己啓発本や自己啓発セミナーは、あなたから大切な財を、そして人生を搾取するために、「変わった」と錯覚させてきます。実際は、変わったと錯覚するだけで、根本は変わりません。
そもそも、変える必要が無いのに、娑婆の社会通念などに不安を感じたり焦燥感を覚えて、変わらなければ、という強迫観念があるという事を、観察(かんざつ)して己を問うて行くべきで御座いましょう。
己を問わずして、「ウェイ」な自己啓発に頼ったところで、悪化するだけです。
何度も申し上げますが、私は自己啓発という概念そのものは、悪だとは言いませんからね、念のため。
悪用するのが宜しくないし、元気が有り余っている人が上手に活用する分には、確かに力を発揮するでしょうから。
もちろん、その自己啓発で培った元気を、他人に「ウェイウェイ!」と、強制しないで欲しいものですがね。
この世は「諸行無常(しょぎょうむじょう)」で、人が認知出来ないレベルの微細なところも、認知出来るレベルの物事も、変わり続けています。
仏教では、その辺りを教えてくれています。
また、無理に変わろうとしなくても、時節や御縁が調えば、自然(じねん)に変わるのが人というものです。
意識的に変わる場合は、自己啓発本や自己啓発セミナーに頼ってお金をドブに捨てなくても、地味な方法で変わっていくものです。
私の場合は、それが仏教であり、仏縁でありました。
朝と夜のお勤めを続けていると、徐々に読み上げさせて頂く御経さんであったり、御宗祖様の御教えが毛穴から染みこんでいきます。
お陰様で、日常においても、その御教えが安全装置として機能して下さっています。
仏教・宗教に機能を持ち出すのは、なんだか複雑ではありますが、現実に起こっている現象ですからね。
意識的に自分を変えるという事は、結構地味で時間がかかります。
もちろん、「回心・回向」であったり、宗教的大転換などにより、一気に変わる事も御座いましょう。
一方で、根本的な部分や根付いている性格・性質を変えるのは、地味で時間もかかるというのが、私の体感・肌感覚です。
だからこそ、その事を知っておく事が、急激に変わりたいという欲求を、自己啓発本や自己啓発セミナーに煽り立てられて、お金と人生を搾取されない智慧と働くのです。
自己啓発本や自己啓発セミナーに錯覚させられて搾取されるか。
時間がかかっても、搾取されずに地味に変わっていくか。
私は、後者の方が暴走せずにいられると経験上申し上げられる事で御座います。
合掌、礼拝