春の彼岸法要2018と数珠作り体験

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。



3月の下旬は、春の彼岸の時期であります。


各地の仏教寺院にて、春の彼岸法要が営まれる時期でありまして、お彼岸には墓参りに行かれる方も多いかと存じます。

かくいう私も、家族と共に春分の日には菩提寺へ赴いたわけでありまして。



そして、今年は近場の寺院(私が毎月通っております仏教講座がある浄土宗寺院)にて、檀家以外の人も参加できる春の彼岸法要が催されまして、そちらに赴いて参りました。



2018年の春の彼岸法要では、数珠作りも体験させて頂けると言うこともありましてね。

もっとも、数珠作りと言っても、木から作ったわけではなく、あらかじめ用意して頂いた球体を糸で結んだという程度の事ではありますが。





そういうわけで、今回は近場の寺院にて行われた春の彼岸法要2018と、数珠作り体験の報告を致します。

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春の彼岸法要2018:厳かに営まれた法要

今回、私が参加させて頂きました法要は、龍岸寺という、京都駅から近くて京都水族館のすぐ近くに位置する浄土宗寺院で御座います。



ちなみにこの日、京都水族館の更に奥に行ったところでは、アチャン・ニャーナラトー師の通い型瞑想リトリートも営まれておりまして。

ただ、私は先に春の彼岸法要に行くと事前に決めておりましたから、今回はタイミング合わず、私は私で仏事に参加する事に致しました。



この日、午後1時、13時から法要が始まると言うことで、少し早めに到着して、待機。

そして、13時になりまして、春の彼岸法要が始まりました。



「なーむあーみだーぶなーむあーみだーぶ」と、お念仏を称えて、ご住職が定位置に来られるまで、ひたすらな無阿弥陀仏。

24時間不断念仏会や、ミッドナイト念仏in御忌でも、最初はこのように「なーむあーみだーぶなーむあーみだーぶ」と、裏拍子の木魚と共にお念仏を称えてお迎え致します。



そうして、厳かに春の彼岸法要2018が営まれ、着々と信仰。

浄土宗僧侶達が称えられている御経・偈文は、私も勤行で称えさせて頂いているものと共通する部分も多々あり、称えられるところは一緒に称えさせて頂きまして。

最後の辺りでは、お焼香をさせて頂き、と言いますか、私がお焼香をする最後の順番でありました。



そうして、春の彼岸法要2018が全て終わり、ご住職から少しお話と案内を頂いて、休憩となりました。

またしても自身の煩悩を垣間見て懺悔(さんげ)する

実は私、御経と共にお唱え申し上げている最中、自身の煩悩をまたしても垣間見ることになりまして。



法然上人が一枚起請文で記して下さっているのに、全くもって全然出来ておらんではないか、と、煩悩具足なる凡夫である自身を垣間見る事となりました。



と、いいますのも。



私は、勤行で使っている折り本を持って行かずに法要に参加させて頂いたのですが、御経を一緒に称えている時は、記憶を頼りに御経・偈文を称えておりました。

が、ここで私は「私はこれだけの偈文・御経を諳んじる事が出来るんだ。」と、慢の煩悩が燃えさかったのです。

要するに、御経を憶えていることを鼻にかけた、自慢げにおったという事です。



なんとも、愚者が智者の振る舞いをするという体たらく。



いや、そりゃあね、人はそういった感情なり思いがぶわっとわき出てくることはありますがな。

それが上手い方向にいけば、自信にも繋がりましょう。

が、自信が過信となり、慢の煩悩に燃料を投下するという怖さも御座います。



私は、御経を称えている時、御経・偈文を諳んじる事が出来ると慢心した事に気づきまして、「ああ、凡夫やなあ。」と、突き刺さったわけであります。



おそらく、本堂におわします阿弥陀三尊も、私のこのような凡夫の性質、煩悩具足なる凡夫である事を見透かしてらっしゃったことで御座いましょう。

同時に、こんな哀れ儚き煩悩具足なる凡夫をも、お救い下さる阿弥陀仏の有り難さに感謝申し上げ、所々で挟まれる十念にて、深く頭を下げた次第であります。

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数珠作り体験:仏教と数珠の歴史を教わりながら

春の彼岸法要2018も終わり、少し休憩をしてから、いよいよ数珠作り体験の時間がやって参りました。



私は、もちろん春の彼岸法要も大切な仏事として参加さえて頂き、そちらも楽しみではあったのですが、数珠作りも楽しみにしておりましてね。

数珠作り体験が出来ると言うこともあってか、ちらほらと若人の姿も見えておりました。



数珠作り体験では、まず教えて下さる講師役の方とご住職が、仏教と数珠の歴史について教えて下さいまして。

今回、数珠作りを教えて下さったのは、滋賀県にある数珠作りの会社の3代目と職人さんの二人でした。



なんでも、数珠は聖徳太子の時代(今は聖徳太子とは習わないのでしたかな、厩戸皇子でしたっけ、歴史の教科書的には)から続くとか。

聖徳太子の時代、奈良飛鳥時代に今のような機械は無かったでしょうが、数珠作りという事柄それ自体は、それだけの時代までさかのぼるそうです。

奈良飛鳥時代には、今のような量産を可能にする機械が無かった時代ですから、大量生産は出来ない状態であるのは、想像に難くないかと存じます。



量産用の機械が登場するまでは、「舞錐(まいきり)」と呼ばれる、原始的な火をおこす装置と似たような代物を使って、それこそ火おこしと同じ原理で材料の木を回転させながら削っていきます。

私、機械工具の世界におりましたから、旋盤の手動版みたいだなあ、と思いながら、職人さんが実際に動かして下さっているのを観ておりました。



この「舞錐」ですが、原理は火おこしと同じであり、動きはヨーヨーの要領です。

それで、実際に私もやらせてもらったのですが、全く上手く回転させることが出来ませんでした。

きちんと出来る人は、しゃーしゃーっと、綺麗に回転を続けるのですが、私はといいますと、全然上手くいかずにおりましてね。

要領・原理が分かっていても出来ぬという、なんともジレンマを感じた事でありました。



そうして、実際に数珠作りの時間となりまして。



数珠作り自体はすぐに終わりました。

作業は簡単で、すでにこしらえて下さった球体に、糸を通すだけですからね。

そうして出来た数珠を、腕に装着すると、丁度アクセサリーのような、よく若い人たちが腕につけているような感じに仕上がりました。



その後、数珠作りも無事に終了し、帰路につきました。

毎日身につけているのに、全然数珠の事を知らなかった

今回、数珠作りを体験したわけでありますが、数珠作りの前に、仏教と数珠についての話を聞いて、改めて数珠について教わりつつ、私は全くもって数珠について無知であったなあ、と思い知った次第であります。

と、言いますのも、数珠がいつ頃から日本にあったのか、数珠の歴史、数珠の生産地とシェア、各宗派の数珠について等々、うっすらと聞いた程度の知識しか無かった事を、思い知りまして。



私は実際、浄土宗のお坊さんが数珠繰りをされているのを目撃しているにも関わらず、いざそれを言葉で説明せよと言われたら、全く出来ないなあ、と。

正直なところ、私は数珠についての知識は、浄土宗は二連の形でお念仏を数えることが出来るカウンターということくらいしか存じませんでした。

私は普段から数珠を持ち歩き、身につける機会も幾度もあるのに、自信が身につけているものについて、全く知らない事があるのだなあ、と、思うに至った次第で御座います。

お念仏をして仏教・仏法を頂いている身でありながら、この有様です。



今回、数珠作り体験を通して、数珠についての話を頂く事ができて、真に有り難いと思う次第で御座います。



合掌、礼拝

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