小出遥子さんと釈徹宗さんの講演と対談「お寺再発見!」に参加して考えたこと

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。



先日、「ブッダニア」でお念仏を教えて下さった秋田光軌上人に、是非とも行ってみたいと思う講演と対談を教えて頂きまして。


それは、小出遥子さんと釈徹宗さんの講演と対談「お寺再発見!」という、大阪の正福寺で開催される講演会、座談会です。

2017年12月10日(日)がその日で、前日の9日は「スクールナーランダ・ごえんさんエキスポ」にも参加し、なんとも仏縁のある週に御座いました。

「お寺再発見!」では、スクールナーランダで私が体験して感じたこととも関連しており、講演を聴きに行ってよかった、有り難や、と思うたものです。



今回の、小出遥子さんと釈徹宗さんの講演と対談「お寺再発見!」という催しでは、座談会では浄土真宗本願寺派寺院、正福寺のご住職も交えて、時折笑いもありながら進んでおりました。

そして、この催しで、私が現在進行形で体験していることとも関連・リンクしていたり、ふと思いついたこともありまして、学びある時空間と相成ったもので御座います。



今回は、小出遥子さんと釈徹宗さんの講演と対談「お寺再発見!」に参加してみて、私が考えた事や感想について、お伝え致します。



そして、毎度の事ながら注意事項として、あまりにもプライベートな話については、カット編集するかの如く、お伝え致しかねますから、ご了承頂けたらと存じます。

スポンサーリンク

「お寺再発見!」前半:小出遥子さんと釈徹宗さんの講演

今回の「お寺再発見!」という催しは、小出遥子さんと釈徹宗さんが、それぞれ講演をして下さり、その後でお寺のご住職を交えての対談というプログラムです。

前半では、小出遥子さんと釈徹宗さんが、講演をして下さいまして。



まず、小出遥子さんの講演。



後日、ご自身のブログにて、「ガチガチに緊張していた」という趣旨の話をされていましたが、笑顔のままで講演されており、それほど緊張していらっしゃるようには見えませんでした。

いつもの、菩薩的な笑い顔でありましたぞな。



講演の内容は、小出さんと仏教との出会い方、小出さんと仏教の歴史という、自己紹介的な内容でありまして。

Twitterやブログをよく読まれている方ならば、よくご存じでありましょうが、小出遥子さんのパートナーは、仏像はんこの絵本も出版されている方であり、御縁が繋がっているなあ、と、改めて感じた内容であります。



また、私は京都に住んでいるのに、一度も行ったことの無いお寺の話と仏像の話をして下さいましてね。

ああ、一度は合掌、礼拝すべく赴いておかんとなあ、と、思うたもので御座います。



小出遥子さんの講演が終わり、続いて、釈徹宗さんの講演に。



釈徹宗さんの講演を生で聴聞する機会は、実はこれで3度目でありまして。

一度目はしんらん交流館で、2度目は大谷大学で、3度目は今回です。



今回は、お寺の存続やお寺という場はどのような場であるのか、を、再確認するという内容を話して下さいまして。

この講演、現在お寺にいらっしゃるお坊さん、住職の方々にとっては、必聴となる内容では無かろうか、と思いながら聞いておりました。

お寺の今後について、ヒントとなる具体的な事例も紹介して下さいましたからね。



例えば、釈徹宗さんご自身は「むつみ庵」という施設の運営に携わっているという話をして下さっています。

「むつみ庵」の活動や出来事については、こちらの本が参考になりましょう。



[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

お世話され上手 [ 釈徹宗 ]
価格:1728円(税込、送料無料) (2017/12/11時点)





また、親交のある浄土宗寺院の住職が運営なさっている、「應典院」についても紹介して下さいました。

「應典院」の活動内容については、時間の都合もあって一部だけしか紹介できなかったのですが、ここで補足的に、活動内容を知る事ができる著書をば。

今回の「お寺再発見!」にも繋がる話が書かれている本です。



[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

この世を仏教で生きる 今から始める他力の暮らし [ 釈徹宗 ]
価格:1296円(税込、送料無料) (2017/12/11時点)





この本の185ページに、應典院の活動「小僧インターン制度」について紹介されています。

そして、今回も改めて思うた事が、釈徹宗さんは伝えるのが凄く上手い方だなあ、という事に御座ります。



笑いを誘う話も交えて下さり、最後まで飽きない話を展開して下さる話の展開の仕方は、流石だなあ、と、改めて思うたものです。

「お寺再発見!」後半:住職を交えての座談会

「お寺再発見!」の後半では、会場となったお寺のご住職を交えて、座談会が行われました。

座談会では、事前に集められていたアンケートも活用しながら、という展開に御座ります。



この座談会にて、お寺の今後、これからお寺や僧侶・宗教者の方々が、どのように私たちと関わっていくのか、という話もありまして。

かなり具体的な内容にも踏み込んだ話もありましたよ。



そして、この座談会の内容が、私が実際に現在進行形で体験している事例や、ふと思うたり感じた事に繋がりましてね。



座談会を聴聞しながら、ふと、「あ、これは私が体験した、あの事柄と通じるものがあるな。」とか、「あ、これがリンクしている内容で、今後のヒントになるかも。」と、思いたものです。

スポンサーリンク

寺敷居を感じる寺ではなく、入りやすい開かれた寺

座談会の中で、講演でも話された内容でもありますが、小出遥子さんは、以前はお寺に敷居を感じられいたそうです。

私も、今でこそ寺に敷居を感じなくなってきておりますが、昔は「お寺には気軽に入って行ってはいけない場所」というイメージが根付いておりまして。



そこで小出遥子さんは、具体的な提案として、定期的に日を決めて、誰でも来て頂けるような事をやってみてはどうか、という話をされました。

私はなんとなく、日を取り決めた園庭開放的な、そんな感覚で捉えたものです。



そして、小出さんのこの提案を聞いて、私はふと「あ、これ、私が現在体験している事ではなかろうか。」と、思うに至りましてね。



私は現在、月に一回、毎月の最終日曜日、龍岸寺というお寺に「行学二道」をさせて頂いております。

ここでは、午前中のこの時間からこの時間までは、誰でもお越し頂けて、仏教を共に学び共に実践しましょう、という趣旨の会であります。

終わったら、時間の都合が合えばですが、座談会的な場も設けて下さって、その日学んだことの復習や疑問に思うた事を教えて頂けるという、大変有り難く貴重な時空間を、毎月頂けております。



小出遥子さんの提案に近い事が、地域寺院や草の根的な活動としては、すでに私は御縁を頂けているなあ、と、改めて有り難く思うた事に御座います。

本格的な開放となると、セキュリティの面の課題もありましょうから、放免的にというわけにはいかんでしょうが、小出遥子さんの提案には、なるほどなあ、と、思うた次第です。



そうそう、地域寺院の活動と広報と言えば。



先日、佐々木閑さんの講演とシンポジウムに参加して参りまして、どんぴしゃりの名前「地域寺院」という冊子を頂いて参りましてね。

大正大学出版会が発行している冊子でありまして、各地の寺院がどのような取り組み・活動をしているか、という事を知らせて下さる仏教冊子が御座います。



まだまだ広がりの課題はあるのやもしれませぬが、地域寺院、草の根的な活動はなされているという事がありますから、小出遥子さんの提案も、徐々になされていく兆しは感じるところにあります。

かかりつけ僧侶・かかりつけ宗教者との出会いの場

座談会では、釈徹宗さんが「かかりつけ僧侶・かかりつけ宗教者」の話をして下さいました。



かかりつけ僧侶、かかりつけ宗教者というのは、かかりつけドクターにヒントを得た話であるそうな。

この話については、釈徹宗さんの著書「仏教ではこう考えます」の、244ページに詳しく記して御座います。





ホームドクターとは、ヨーロッパで観られる制度で、各地域ごとにドクターが配置されて、ドクターと地域の方々が繋がっている、というものです。

体の不調を気軽に相談できる間柄にもなりましょう。



これをヒントにしたのが、心の悩みや宗教的な話をすることが出来る、「かかりつけ僧侶・かかりつけ宗教者」です。



かかりつけの主治医のような僧侶の強みは、普段から接しているために、個々の奥深いところ、死生観までお互いに知っている間柄でいることが出来る、との事。

お葬式や法事だけでしか接しない関係では、確かにここまでの関係には、なりにくいでしょう。

普段から宗教の話や死生観に関連する話が出来ている間柄というのは、無常の世界において、いざ生老病死と出会う事になっても、その後の展開や処し方に、力となってくれましょうし。



このような「かかりつけ僧侶・かかりつけ宗教者との出会いの場」は、私も実際に経験しております。



一つは、開かれた仏事、一般参加可能な仏事なりエトス(行為様式)の場です。

私の場合は、鬱病で苦しかった時期に、浄土宗寺院で開催された「別時念仏会」に参加させて頂く御縁があり、そこで僧侶にお救い頂いた経験が御座います。

その時は京都の清浄華院での話ですが、普段は東京の観智院と多門院で活動されている僧侶であり、そこに私にとってかかりつけ僧侶的なお坊さんがいて下さる、という事になります。



また、先日、「ああ、ここはかかりつけ僧侶と出会う場でもあるのだろうなあ。」と、思う事が御座いまして。

それは、「お寺再発見!」の前日に体験致しました、「スクールナーランダ・ごえんさんエキスポ」の中の「アラサー僧侶とゆるーく話す会」です。



参照記事:「スクール・ナーランダ、ごえんさんエキスポに参加した感想体験談|お坊さんに導いて頂く」



「アラサー僧侶とゆるーく話す会」は、「フリースタイルな僧侶たち」という仏教のフリーペーパーを発行しているところが催して下さっている会です。

定期的に開催して下さっており、今回はその出張版ですね。

かかりつけ僧侶がいて下さる、という、そのこと自体が、私にとっては有り難き事であるなあ、と、釈徹宗さん話を聞いて、改めて思うた事に御座ります。



今回、私はこの出張版話す会にて、私が抱えている苦悩や、お寺についての話を伺うことが出来ました。

そして別れ際に、話を聞いて下すったお坊さんが「苦しくなる前に、倒れてしまう前にお越し下さいね。」と、暖かく送り出して下さいました。

釈徹宗さんの話を聞いている内に、この時の事を思い出し、「ああ、なんだかかかりつけ僧侶との出会いとは、あのような事であろうかなあ。」と、思うたものです。



菩提寺の和尚さん、ご住職が、かかりつけ僧侶となるならば、それは有り難いことですが、常にそういうことであってくれるわけではありません。

有り難いことに、私は菩提寺の副住職とは良い関係を気づきつつありますが、それは仏教と再会した最近の事であり、まだ「かかりつけ僧侶と檀家の信徒」という関係までにはなれていない実感が御座います。

でも、「あのお寺に行けば、私にとってのかかりつけ僧侶がいて下さる」という場は、家の墓がある菩提寺だけに限定することもなかろう、というのが、経験による実感で御座います。

もちろん、菩提寺にかかりつけ僧侶がいて下さるのは有り難いのですがね。



かかりつけ僧侶・かかりつけ宗教者の話は、私にとっては有り難き御縁を再認識すると共に、今後のお寺や僧侶の方々の取り組みとして、大きなヒントとなる話ではなかろうか、そのように頂いたもので御座います。

往診ドクターのような、往診僧侶の取り組みのヒントは「月命日の月参り」にあると観る

釈徹宗さんの「かかりつけ僧侶・かかりつけ宗教者」の話を頂いて、もう一つ、ふと思うた事が御座います。

それは、「往診ドクターのような往診僧侶」です。



どういう事かと申しますと。



もう他界されているのですが、私の事を子供の頃から観て下さっていたドクター、私にとってのかかりつけドクターは、往診ドクターでもありました。

患者さんのご自宅まで赴いて、往診されるという形態です。



そして、僧侶の方々も、実は今もやっていらっしゃるのではなかろうか、と思うに至りまして。



よく知られているところでは、「お盆」ですね。

お盆の時期になると、お坊さんが各ご家庭にて棚経をあげてくださいます。

うちも毎年、菩提寺の住職か副住職がお盆の時期に来て下さいます。



お坊さんが家にお越し下さる機会というのは、実はそれだけではなく、「月命日の月参り・月忌法要」を、ご存じでしょうか。

月参りは、お坊さんが家族・ご先祖の月命日に、自宅に来て下すって、法要を営んで下さいます。

それを機縁として、毎月お坊さんと会うとなりますれば、関係も築いていくことにもなりましょう。

お盆はお坊さんも忙しく、ゆっくり話す機会もない事でしょうが、月参りでありますれば、ゆっくりと話す機会もどこかで出来る可能性が高まります。



この「月参り」が、往診ドクターの如く、往診僧侶という役割を担える風習にはならないか、と、私はふと思うに至りましてね。



諸事情によりて毎月が難しい、という人もいらっしゃるとは存じますが、そのような場合でも、季節ごとにして頂く、という相談をしてみるのもありえましょう。



とにもかくにも、「月参り」は、釈徹宗さんが提言して下さる「ホームドクターのようなホーム僧侶、かかりつけ僧侶」の取り組みにおいて、再考する余地があるのではないか、と、私は思うております。

「お寺再発見!」にて、私とお寺、私と僧侶との関係を再考するきっかけを頂けた

今回は、「お寺再発見!」に参加して考えた事や、感想をお伝え致しました。



この「お寺再発見!」という催しに参加させて頂いた御縁により、私は自身とお寺の関係、菩提寺との関係、僧侶との関係を再考する事となりました。

ああ、私はなんて有り難き仏縁を頂いている事であろうか、「仏法聞きがたし、今すでに聞く」とは言うけれど、すでに聞かせて頂けている事の有り難さ、を、思うた事に御座います。



この話を書いている時期は、12月半ば。

修正会・正月には、菩提寺に挨拶申し上げよう、と、思いながら書いております今日この頃に御座います。



合掌、十念、礼拝

スポンサーリンク