十夜法要を浄土宗寺院である菩提寺にて|住職と副住職とお坊さん達と共にお念仏に励む

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。



平成30年11月11日(日)は、菩提寺にて十夜法要が営まれました。


去年も行われました菩提寺の十夜法要、今年もお盆の時に自宅に来て頂いた時、お誘い頂きまして。

早めにお誘いと情報を頂いてたこともあり、きちんとこの日にあわせて時間を作ることが出来まして、有り難き事に御座います。



今年の菩提寺での十夜法要も、厳かに、しかし御法話では笑いも交えながら恙なく進行していき、お坊さん達と檀家さん達と、共にお念仏に励みました。

美しき声明を聞き、念珠繰りもさせて頂きまして、共に法要を営ませて頂く、という趣きで御座いました。



今回は、2回目となる菩提寺での十夜法要について、そのレポートと言いますか、報告と、私が感じたり考えた事をお伝え致します。

尚、前回の菩提寺での十夜法要については、以前にお伝えしておりまして、最初の方と最後辺りに、以前の記事のリンクを貼っておきますから、併せてお読み頂くと有り難く存じます。

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浄土宗寺院である菩提寺での十夜法要:簡単に内容をば

浄土宗では、秋の頃、陰暦の10月5日の夜から15日までの10日間、十夜法要が営まれてきた歴史が御座います。

詳しい十夜法要の内容につきましては、浄土宗のウェブサイトをご覧頂ければと思います。

私がここで長ったらしく解説するよりも、そちらの方が早いでしょう。



浄土宗の十夜法要の解説URL:https://jodo.or.jp/event/juyahouyou/



また、以前の記事でも少し触れたことがありましたかな。



参照記事:「菩提寺・浄土宗寺院で若手僧侶達による十夜法要」



うちの菩提寺でも、昔は営まれていたそうですが、一旦中断していたらしく、副住職が去年から営まれ始めた、という経緯がありまして。

私は、龍岸寺の十夜フェスで、十夜法要を知ったのが2015年であり、その近辺の時期にこうして菩提寺でも十夜法要に参加させて頂けるのは、不可思議かつ有り難き御縁であるなあ、と、感じることに御座います。



前置きはこれくらいにして。



今年の十夜法要の次第は、御法話を副住職が営まれ、声明による法要では、住職が営まれたという違いはありますが、去年とほぼ同じでした。

まず、「なーむあーみだーぶ」と、お念仏を称え、副住職の御法話が始まりまして。

御法話の内容については、あまり詳しく触れませんが、そこで感じたり考えた事を、後ほどお伝え致します。



次に、声明の法要。

去年も感じましたが、本堂特有の舞台装置的な効果と言いますか、そういったことも相まって、厳かで美しき声明の法要が営まれました。



浄土宗の声明を聞かれたことがある人ならわかるかと思いますが、本堂に響く声明は、なんとも、こう、上手く表現できませんが、趣が御座います。

その昔、あまりにも僧侶の声が美しすぎて、お偉いさんにお仕えする侍女が出家するほどのことがあったという話がありますが、あり得る話と思えます、あれを聞くと。



真言宗のお坊さんの声、大般若経転読の時の声は、突き抜けるような力強さと響きがありますが、それとは全く違う声明の声、聞き比べてみるとも、宜しかろうと存じます。

ちなみに私は、力強きお坊さんの声と、歌うような美しきお坊さんの声を、ブッダニアで同時に体験しました。



そうして、声明による法要も終わり、最後は念珠繰り

念珠繰りは、長くて大きめの数珠を、輪になってみんなで反時計回りに繰っていく、というものです。

もちろん、念珠繰りは声明念仏と共に。

「なーむあーみだーぶなーむあーみだーぶ」と、独特の節をつけたお念仏と共に、大念珠を繰り出し続けました。



私は、有り難い事に、住職の隣で念珠に触れさせて頂けましてね。



そうして、念珠繰りも終わり、住職の挨拶も頂いてから、座談会へ。

座談会では、普段はなかなか会話する御縁がない檀家さん達とお坊さん達と、和気藹々と、色々と話をしました。

ちなみに、この座談会でお坊さんと話したとき、龍岸寺と池口龍法さんのことをご存じで、改めて有名で活動的なお坊さんなんだなあ、と、思うたことに御座います。

檀家さん達と菩提寺のこと、関わるお坊さん達のことを全然知らなかったことに気づかさせる

浄土宗寺院である菩提寺での、2回目の十夜法要に参加して、改めて考えた事や省みたことがありまして。

私は、菩提寺での十夜法要には、20人近くの方々がいらっしゃいました。

そして、皆さんと会い、座談会では壇信徒の方と言葉を交わした時、このようなことを思うたものです。



「そういえば、今までは法事でしか菩提寺の本堂に入らなかったなあ。」

「少し前までは、お彼岸くらいしかこなかったし、修正会と十夜法要も来るようになったのは、つい最近のことだなあ。」

「こんなに壇信徒の方々、檀家さんがいらっしゃることも、全然考えなかったなあ。」

等々。



菩提寺には、私以外の檀家さんは、当然いらっしゃいます。

しかし、こうしてお坊さんを交えて言葉を交わす機会って、なかったなあ、と、改めて観じたことに御座います。

それを思うと、寺での公開されている法要は、壇信徒の方々、檀家同士が顔合わせする有り難き御縁ではなかろうか、そのように思うたものです。

お陰様で、私と隣りに座られた壇信徒の方から、色々な話、他府県のお寺さんの話も頂けましてね。



こうして、菩提寺を共にする壇信徒の方々と、御縁結ばれた、それこそ、仏縁結んで頂けたこと、有り難き事に思います。

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普段の口称念仏の在り方・態度を省みる

菩提寺での十夜法要にて、副住職の御法話を頂いてから、改めて考える事がありました。

私自身を省みたことでありましてね。



御法話の詳しい内容は、ここでは割愛致しますが、御法話では副住職が、ご自身の色々な体験と、お念仏について伝えて下さいました。

その中で、「普段のお念仏、仏壇の前で日々称えさせて頂いているお念仏」という言葉を頂いたとき、これが、なんでしょう、こう、私にとってのキーワード的な響きがありまして。



私は、朝と夜に仏壇の前にて、お念仏をさせて頂いております。

ただ、忙しいときなどは、ついつい早口になりますし、あろうことか、口ではお念仏しながら全く別のことに気を取られたり、ということが、しばしばあるというのが、正直なところです。

恐らく、慣れもありましょう。

本日、菩提寺の副住職から御法話を頂いてから、改めて、自身のお念仏の態度を省みたら、酷いものであるなあ、と、思うたことで御座います。



長い御経でも、全て暗唱できるようになると、別のことを考えながら唱えられますからね。

私は、そのような状態に陥っておったこと、菩提寺での十夜法要にて、気づかされました。



気づいた都度、調える、今は是しか出来ぬ凡夫なる私ではありますが、お念仏し、明後日の方向に思考し始めたら、気づいてお念仏に戻る、を、続けるしかなさそうです。

「帰る場所」があるということ

菩提寺では、副住職が、「帰る場所」にまつわる話も、最初の方でして下さいまして。

内容は、副住職のプライベートにもまつわる話ですから、ここでは致しかねますが、改めて「帰る場所」があることについて、考えさせて頂く御縁となったものです。



帰る場所というと、自宅のことも確かに大切ですが、「こころの帰る場所」といいましょうかね。

この御法話を聞いたとき、「こころの帰る場所」ということについて、思い出したことがあります。



以前、釈徹宗さんの講演や著書にて、こういう話を聞いたことがありまして。



釈徹宗さんは、海外に出張された時、暫く仏教以外の宗教を大切にしている人達に囲まれて過ごした時期があったそうです。

その時に、浄土宗僧侶と共にいらっしゃったのですが、どうも、周囲の宗教の力が強すぎたそうで、そちらの宗教にあてられるといいますか、そういう状態になったそうな。



あなたも経験がありませんかな、独特の雰囲気の場所にいき、独特の人々に囲まれたら、その人達に同調してしまうと言いますか、あてられる状態になってしまった経験。

サクラを起用した自己啓発詐欺セミナーや、今流行(?)のサロンのセミナーなどでありそうですね。



サクラなどの話はさておき。



宗教にあてられた状態になったとき、その浄土宗僧侶は、お念仏、十念だったそうですが、十念をすると、戻ることが出来たそうです。

副住職の御法話を聞いたとき、この釈徹宗さんの体験談を思い出しまして、「ああ、こころの帰る場所があることの安心って、あるのだろうなあ。」と、思うたことに御座います。



そういえば先日、龍岸寺で行われた、細川晋輔さんという臨済宗僧侶の講演と坐禅に参加させて頂きましたが、その時に「こころの柱」という話をして下さいました。

「こころの柱」と「こころの帰る場所」は、イコールかどうかは、私にはまだわかりません。

ただ、どちらも繋がる何かがあるのかもしれない、そのようなことを、ふと思うきっかけを頂けた、そのような十夜法要での御法話に御座いました。

菩提寺の法要があれば、行ってみると仏縁結ばれ、檀家同士の御縁結ばれるかも

今回は、2回目となる浄土宗寺院である菩提寺での十夜法要に、参加させて頂いた体験談をお伝え致しました。

冒頭でお伝えしました通り、前回の菩提寺での十夜法要についての参照記事も、ここで貼っておきます。



参照記事:「菩提寺・浄土宗寺院で若手僧侶達による十夜法要」



もしも、あなたの家が仏教で、菩提寺がある場合、菩提寺での公開された法要や仏事に、趣かれると、檀家同士の交流もあるやもしれません。

そうしたら、本日、私が体験しましたような、普段は交わる機会が全くない壇信徒の方々、檀家さん達と、御縁結ばれることもありましょう。



また、菩提寺のお坊さん達や、法要に関わって下すったお坊さん達とも、御縁結ばれることもありましょう。



仏教に興味が芽生え始めた人は、心に留めておかれると、宜しいかと存じます。



合掌、十念、礼拝

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