訃報や事件などを換金し人の不幸を喜ぶトレンドアフィリエイトブログの浅ましく情けなき事

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。

私は、常々特定のトレンドアフィリエイトブログなるものを毛嫌いしている色眼鏡を、自覚しております。
その中でも、特に私が「浅ましく情けない我利我利亡者なる所業」としておるのが、訃報や事件などを換金しているトレンドアフィリエイトブログです。

それを教えている愚かなトレンドアフィリエイトコンサルタントを自称する詐欺師共も、同罪か、あるいはそれ以上の罪悪深重なる我利我利亡者である、というのが、私の色眼鏡です。



私は、訃報や事件などを「訃報ネタ」「事件ネタ」だという認識で、アクセスアップと換金のためだけに用いている輩を、人とは見なしておりません。

ゆえに、「我利我利亡者」という無機物であるという捉え方です。

ハイエナのような在り方ですが、ハイエナと一緒にしたら、「一緒にするなよ」と、顔をしかめられそうですわな。



ほんと、浅ましいし情けない所業です、ああいうトレンドアフィリエイトブログ運営者も、それを教えてしまっている情報商材やコンサルタント共も。

今、こうして話をしている時節・タイミングでも、ある相撲界の親方の訃報報道があったのですが、やはりかという感じで、トレンドフィリエイトブログがたかっているという、なんとも情けなき現象が御座いますよ。

こういう輩を、私達「人・人間」は、反面教師、反省材料として頂き、人としての歩みに活かすようにつとめたいものであります。

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「トレンドアフィリエイトは性格悪くなりそう」はあり得る話。訃報や事件を欲するようになる仕組みです

最初にお断りしておきますが、私は「トレンドアフィリエイト」という概念そのものを、悪だの善だの言っているわけではありません。

あくまでも、ある特定のトレンドアフィリエイトブログや、それを運営している輩、そしてそれを平然と教えている(押しつけている)アフィリエイトコンサルタントを自称する我利我利亡者なる詐欺師が気に入らないだけです。



はっきり言って、私の煩悩ですし、色眼鏡全開です。

その自覚は御座いますからね。



その特定のトレンドブログなるものは、特に芸能人のスキャンダルだの事件だの、また、訃報について薄っぺらい記事を垂れ流している、ゴミブログのことです。

ありませんか、こういうの。



「(芸能人、お隠れになった方の名前)の現在は?病名は?家族は?嫁は?→調べたけど分かりませんでした、ご冥福をお祈りします。」



もうね、この世界から消えて無くなって欲しいと思うばかりの、ゴミトレンドアフィリエイトブログです。

でも、娑婆世界では「人の不幸は蜜の味」とは、よくいったもので、確かにこういう話題は、アクセスアップには有効なのです。

急上昇キーワードでも、お隠れになった方の名前は上位に位置付きますし、それだけ話題であると言うことが窺えます。



しかし、これでアクセスアップであったり、広告がクリックされたりして、何らかの現世利益が転がり込んできたら、そこが落とし穴です。



それに味を占めて、今度はこんな浅ましい事、そして、恐ろしい事が芽生えてくるのが、人間の煩悩のなせる業です。

それは、こういう心と頭・意の動きです。



「もっとアクセスが集まる、事件ネタや訃報ネタは出てこないかな。」



これ、どういうことかわかります?

人の不幸を待ち望んでいるという構造が見え隠れしませんかね。

見えないのであれば、洞察が足りないか、他者意識が欠如していると見受けられます。



いや、過去の私も人の事言えません。

訃報や事件については書きませんでしたけれども、以前にトレンドアフィリエイトを実験している時に、似たような事ありましたし。

その時は、ある京都の行事について、雨だったら中止になるのか決行するのかをお知らせする記事を書いたのですが、その時にこういう事が芽生えてしもうたものですからね。

「雨が降ったら、それだけアクセス伸びるだろうな。」と。



ほんと、今思い出しても、なんとも浅ましき、そして情けなき事です。

もちろん、猛省しましたがな、私はなんと言う罪悪深重・煩悩具足なる凡夫であろうか、と。



こういう事を経験的に知っていて、それを観察(かんざつ)して己を顧みて、戒めるという経緯があるからこそ、言える事が御座います。



「トレンドアフィリエイトブログを運営すると性格が悪くなる。特に成果が出たら深みにはまる可能性がある。」



トレンドブログは性格が悪くなる、という言説は、全ての存在に当てはまるわけではないとは思いますが、当たらずとも遠からずであろうと、私は肌で感じておるところに御座います。



今、こうしてこの文章を読んでいて、尚且つ、トレンドアフィリエイトブログを運営しているあなた。

こういう、人の不幸・訃報や事件を待ち望んでいるというパトス(精神性)は、絶対に無いと言い切れますかね。

そういう心の動きを、きちんと観察(かんざつ)しておりますかね。



まだ「人」に留まっており、人語が理解出来る段階ならば、一度己の所業と身・口・意の三業を改めて問い直すべきです。

訃報や事件など人の不幸を喜ぶトレンドアフィリエイトブログの決まり文句が白々しい

この単元は、完全に私からの「喝!」です。



人によっては気分を害されることもあるでしょうから、読み飛ばして頂いた方が宜しいかも知れません。

ただ、ブログ運営において、アクセスアップや換金だけが目的になってしまっていて、哲学なり軸なりを失っているか、あるいは最初から無い人は、戒めとして読んで頂くと、ブログ運営だけではなく、今後の人生を歩む上の一助になろうかと存じます。

















宜しいですか?

















では、話を続けます。



私は、現在は研究や確認のために、読みたくもないけれども、一応はきちんと現場を確認しておかないといけないことから、この記事を書きながら、現場を調べることに致しました。

この記事を書いている時は、丁度、ある相撲界の親方がお隠れになって、その事が話題になっていた時期です。



「お隠れ」というのは、高貴な人や目上の人が他界された時に使われる言葉です。

この場合、相撲界で実績があって、親方も勤められたと言う事から、この表現を使う事に致しました。



ちなみに、「うちの飼い犬がお隠れになった」という表現は、国語の教科書的な表現としては、減点されるか不正解です。

尊敬語の使い方としては、「犬に餌を与える」もしくは「犬に餌をやる」が正解で、「犬に餌を召し上がって頂く」は、現代の国語のテストでは、罰点つけられますから。

江戸の一時代は、その限りではなかったかも知れませんがね。



話を戻しまして。



私は、今回の訃報報道も、トレンドアフィリエイトブログ運営者が、こぞって「訃報ネタ」として、記事ネタにしているだろうと予測して調べましたところ、やはりかと言ったところであります。

当たって欲しくない予想でしたが、当たってしまいました。



記事タイトルが「(お隠れになった方の名前)の嫁は?子供は?病気は?現在は?プロフィールは?」とか、もうね。

人様の私生活・プライベート時空間を詮索している記事タイトルも醜いし酷いものですが、内容も酷い。

Wikipedia等を読めば分かる事しか無く、薄っぺらすぎます。



そして、私が最も引っかかったのが、最後の決まり文句です。



「ご冥福をお祈りします。」



これ、私はトレンドブログが訃報記事の最後にある事を確認するたびに、「祈ってないでしょう」と、突っ込みと喝を入れたものです。

あくまで、これは私の個人的な感情論ですが、はっきり言って、酷い。



本気でご冥福をお祈りしておりますかね、本当の本当に。

本当にご冥福をお祈りしているなら、どう祈ったと言うのでしょう。

念仏やお題目を唱えたのですか?

ここを突っ込まれたときに、ご冥福を祈ったと言う精神性と行為様式を、きちんと説明出来るのですか。



私の様に、念仏申し上げたり、場合によっては阿弥陀仏が安置されているお寺に出向いて、そこで合掌、礼拝、南無阿弥陀仏申し上げたんでしょうね。

いや、これをしたから偉いってわけではありません。

私は、自然とそういう風に染みついているだけです、これが全てではありませんし、そもそも何の自慢にもなりません。



でも、本当に本気でご冥福をお祈りしているならば、自然と頭が下がったり、合掌したりと、精神性と行為様式が、何らかの形で顕れるでしょうに。



アクセスアップと換金「だけ」が目的で記事を書いて、ご冥福をお祈り申し上げてはいないのに、ちゃっかり良い人ぶるとか、浅ましいし情けない。

「情けない」というのは、トレンドアフィリエイトブログ運営者に情けがない、という意味と、そういう輩にかける情けはない、という意味です。



この話に心当たりがあるならば、一度己を問い直し、悔い改めてるべきです。

そうしないと、本当に深みにはまって、人の不幸を喜ぶような我利我利亡者に成り下がり、人に戻れなくなってしまいますよ。



開き直らずに、きちんと地に足を付けて踏みとどまれるのであれば、まだ大丈夫。

戻って来られるならば、私も慈悲を持って接します。
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確かに仕組み・システム上は出来る。だからこそ「出来るけどやらない」という奥ゆかしさとブレーキが大切

上で取り上げた、人様の訃報や事件などの話、災害もそうですね、そういった事柄を話題にして、記事を投稿することは、仕組み・システム上は出来ます。



しかし、私は、だからこそ「出来るけどやらない」という奥ゆかしさを持って置く事が肝要であると頂いております。



奥ゆかしさと共に、安全装置なりブレーキを持って置く事は、ブログ運営においても、大切な事柄でありましょう。

現行のトレンドアフィリエイトブログや、それを教えている自称コンサルタント等は、そのブレーキが完全にない状態ですから、醜く浅ましき、そして情けないことになっているのです。



ここまで読まれた方の中には、「修羅観音は、訃報や事件でトレンドアフィリエイトが出来ないから、ひがみ根性だ」と、思われる人もいらっしゃるやもしれません。



私もやり方は知っておりますし、仕組み・システムとしては出来るのですから、やろうと思えばやれますし、書こうと思えば書けます。

むしろ、そんじょそこらの薄っぺらいトレンドブログよりも、濃度・密度を高くして書けるのではないか、とさえ思うくらいです。

私は仏教者としての自覚がありますし、毎日勤行もしておりますからね。

お寺にも通っており、お坊さんから直接御法話も聴聞させて頂いており、ご葬儀や「後生の一大事」であったり、そういう話を何度も聞いているわけですから。



例えば、2016年にお隠れになった、永六輔さんをご存じでしょうか。

永六輔さんは、ご実家が真宗・浄土真宗のお寺である最尊寺のご出身です。

中国の学僧の子孫であり、そういったことを浄土真宗のお坊さんから、話を聞く機会が御座いました。



彼が出された「大往生」も、「往生要集」という源信和上との話を絡めて、書く事も出来たでしょう。

私も、往生要集は全部は読めておりませんが、電子書籍ではあるけれども一冊持っておりまして、読んだ事ありますから。



それに、個人的には「NHK人間講座」で、彼の講座を受講したこともありますから、受講した者としての一次情報を書く事が出来たでしょう。

永六輔さんの人間講座をきちんと受講したという経験がある一次情報を持っている以上、3字情報以下のトレンドアフィリエイトブログよりは、明らかに濃密な話が出来る事を、把握出来るかと存じます。



でも、私は永六輔さんについては、書きませんでした。

だって、外野がくぎゃーぎゃー騒ぎ立てるのは、如何なものかという安全装置が、宗教心からの安全装置がきちんと作動しておりましたからね。

それよりは、静かに「南無阿弥陀仏」と、お念仏申し上げてお悔やみ申し上げる事にしたのです。

真宗・浄土真宗の往生のタイミングは、指を鳴らすくらいの速さですからね、娑婆でぎゃーぎゃ騒がずとも宜しかろう、という他者意識から、そう致しました。



私はただ、訃報の報道を聞いた時に、浄土真宗のお寺に御法話を聞きに行ったとき、阿弥陀仏に南無阿弥陀仏申し上げることにして、記事にはしなかったのです。





ブログ運営、特に現役でトレンドアフィリエイトブログを運営している人は、ご自身の中に安全装置なり、「出来るけどやらない」という奥ゆかしさは同居しているでしょうか。

それがないと、どんどんと我利我利亡者側に言ってしまって、最悪、詐欺師になったり人に戻れなくなりますよ。



永六輔さんの訃報について記事にしたトレンドブログの皆さん、そこまでご存じで、尚且つ洞察しました?

してないんじゃありませんか、アクセスサップによって広告をクリックさせること「だけ」が目的だったでしょうから。

ああ、いかんいかん、「そこまでご存じで」なんて言うと、智者の振る舞いですわな、私も全くもって修行が足りません、修行が、足りない。合掌。

訃報について全てを嫌っているのではなく、人の不幸を喜ぶアクセスと換金だけの意地汚いトレンドブログが気に入らないだけ

私は、訃報について絶対に書くな、とは申し上げません。

そもそも、そのこと自体に善悪があるわけではありませんし、原理的には、やろうともえばやれるわけですから、強制的に止めようも御座いません。



例えば、訃報の報道があった場合、その当人と本当に親密な関係であったり、そこまで親しくなくても、何らかの形で感銘を受けた、という人もいらっしゃるでしょう。

上の例で言えば、お隠れになった親方と、現役時代にサインを頂いたり握手をして頂いたり、何度か生で相撲を観たことがある、という人もいらっしゃるかもしれません。

特別な思いがあって、どうしても申し上げたいという事もありましょう。



そういう場合は、その人だけが語れる熱い思いであったり、握手をした時の感触など、一次情報を語る事が出来ます。

そういう思い出話として、訃報の話をお悔やみ申し上げながら書く、というであれば、理解出来ます。



私は、アクセスアップと換金「だけ」が目的である「今だけ、金だけ、自分だけ」の我利我利亡者が薄っぺらいゴミを放出して、お隠れになった方について騒いでいるのが気に入らないのです。

「気に入らない」と申し上げている通り、完全なる私の煩悩で、現代の意味における「愚痴」でしかありませんがね。



トレンドアフィリエイトブログ運営中の方は、完全に辞めろなんて私が言うのはおこがましいし傲慢ですし、止める権利もありませんから、辞めろとは申しません。

ただ、訃報や事件など、人の不幸を喜ぶように捉えられかねないトレンドブログを書いているのは、はっきりいって浅ましいし意地汚いし、情けない。

「出来るけどやらない」という概念を、奥ゆかしさと共に、今一度考え直す事を、提言致します。



尚、トレンドアフィリエイトについての危険性は、こちらでもお伝えしております。

参照記事:「トレンドアフィリエイトブログで消耗しているの?稼げる稼げない以前に大切な事」http://syurakannon.com/trendaffiliate-waste

参照記事2:「特定のトレンドアフィリエイトブログがゲスいし醜いのは必然、どころの話じゃ済まない」

参照記事3:「ごちゃまぜブログ(トレンドアフィリエイトでよく見かける典型的な例)が駄目な理由」



最後に、「出来るけどやらない」について、仏教的な問いかけをば。



滅却する事は、王法(法律のこと)で禁止されておりますし、罰則規定も御座います。

仏教の戒めにおいても、出家在家にかかわらず、基本の戒(かい)としています。

でも、原理的に人は人を、滅却する事が出来ます。

やろうと思えばやれるわけです。



実際にそれを平然とやってしまうのが、現代で言えば「サイコパス」なんて言われ方をするのですが。



では、なぜ、原理的には出来る仕組みを、人はやらないのでしょうか。

また、わざわざ王法(法律の事)を制定してまで、それをしない仕組みを作るのでしょうか。



このことについては、私も今も考えていますし、まだまだ結論が出ておりません。

ただ、「奥ゆかしさを持った上での、出来るけどやらないという在り方」が、なんらかのヒントになるのではないか、なんてことを考えております。



今回の、訃報や事件など人の不幸を喜ぶ情報が出てくることを待ちわびている、意地汚い我利我利トレンドアフィリエイトブログを運営してしまっている自覚があったり、言われて「ドキっ」としたならば、一度深掘りしてみては如何でしょう。

ブログ運営だけではなく、娑婆世界・忍土を生き抜く上でのヒントなり智慧にもなりましょう。



合掌、礼拝

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