浦崎雅代さんのnoteに学ぶカムキエン師の教え|「苦しむ人」から「苦しみを観る人」になり「苦しみを知る人」へ

御参拝、誠に有難う御座います。住職(管理人)の修羅観音です。



前回は、浦崎雅代さんの連載記事から学んだ事についてお伝えしております。

そして、その後に浦崎雅代さんがタイで聞かれた仏教の教えを翻訳して綴って下さるnoteが、浦崎さんのTwitterにて知る御縁を頂きまして。

Twitter経由で御縁を頂いたnoteには、先日、プラユキ・ナラテボーさんから何度も伝えて頂いている大切な教えにも繋がる話で、まさに「繋がった!」と感じた事で御座います。



更に、以前お伝え致しました、浦崎雅代さんとプラユキ・ナラテボーさんが翻訳して下さった、カンポン・トーンブンヌムさんの本から教わった事にも繋がる話でありましてね。

いつも学ばせて頂いている浦崎雅代さんのお話から、今回も大切な事を賜った次第で御座います。

タイの仏教を、プラユキ・ナラテボーさんや浦崎雅代さんといった善知識なる方々の御縁のお陰様で、日本にいながら触れる事ができる事の、なんとも有り難き事。



今回の話は、苦しみにはまり込んでいる人にとっては、大きなヒントとなる話ではないかと存じます。

また、最後辺りで、浦崎雅代さんが綴られているnoteへ飛べるように、そちらも紹介させて頂く次第で御座ります。

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浦崎雅代さんのnoteから:自分を愚かにしないカムキエン師の教え

今回の、浦崎雅代さんのTwitterにて御縁を賜りましたnoteの記事は、無料で読めるようにして下さっています。

まずは、そちらを一読して頂いてから戻ってきて頂く事が宜しかろうと存じます。



参照先:浦崎雅代さんのnote記事



はい、お帰りやす。



noteでは、浦崎雅代さんが、現在は現世からお隠れになっているカムキエン・スワンノー師というタイの比丘の教えを紹介して下さっています。

こうして、タイの高僧なる方々の教えを、日本語で触れて学ぶことが出来るのは、浦崎雅代さんの御働きによることであり、感謝する次第であります。



カムキエン・スワンノー師は、現在はタイと日本を行き来して、瞑想指導や教学について行学二道の在り方をベースに教えて下さるプラユキ・ナラテボーさんの師であられる方です。

2018年1月現在のスカトー寺のご住職、パイサーン師の師でもあられます。

本文で紹介されている、カムキエン師の教えは、「自分をこれ以上愚かにさせない方法」と題して、次のように御座ります。

苦しみが生じた時、苦しみのなすがままになっているのではなく、苦しみを知ることに変化させていきましょう。

(中略)

死ぬ時には、死ぬことに翻弄されるのではなく、死ぬという状態を知ることに、努めるのです。

※浦崎雅代さんのnote(2018/01/15分)より引用



本文を読んで頂ければ、この前後で「怒り」についてや、「痛み」についても、カムキエン師が言及されていることがわかります。



怒りが生じた時、怒りになすがままにされてしまったり、怒りになすがままにしたり、怒りに飲み込まれてしまう。

私も、こういう状態にしばしば陥る凡夫の身に御座います。



怒りがわいたり苦しみが生じた時、苦しみに右往左往して、ついつい苦しみの牢獄にはまり込み、自己牢獄を強固にしてしまうと言う悪循環に陥ることがある「人」という生き物。

苦しみに飲み込まれて、苦しんでいる自身さえ見えない状態は、まさに無明と言えましょう。



無明とは、煩悩に囚われたり支配されている状態で、十二因縁・十二支縁起の最初に解説される事柄です。

また、無明は「愚かである事」とも「無知」とも解説されることもあります。

苦しんでいる自身が見えず、囚われている状態というのは、愚かに見えるというのも確かにありましょう。



そうではなく、カムキエン師は、「苦しみが生じた時は、苦しみになすがままになるのではない、苦しみを知る人になる事」と教えて下さっています。



この事を、浦崎雅代さんが実に見事に、一行で表して下さっています。

「はまり込む」ことから「知る」ことへ。

※浦崎雅代さんのnote(2018/01/15分)より引用



「苦しみにはまり込んでいる状態」から、「苦しみを知る状態」へ。



苦しみを知る状態へ向かう一歩を踏み出す智慧:プラユキ・ナラテボーさんの教えに繋がる

私は、浦崎雅代さんのnoteを学ばせ頂き、なるほど、と思うたと同時に、ふと、プラユキ・ナラテボーさんから教わった事を思い出し、「繋がった!」と、なんと言いますか、光を見いだしました。



プラユキ・ナラテボーさんは、瞑想会にて、「今、ここに気づく事」を、手動瞑想や歩行瞑想の実践を通じて伝えて下さいます。

歩行瞑想をする際には、毎回「今、ここに気づけば、次の一歩を自身に由りて決めることが出来る」と、教えて下さりまして。



参照記事:「プラユキ・ナラテボーさんの瞑想と対話の会in京都|善友との善き縁と自己牢獄から一歩脱するヒント」

参照記事:「「対応」に繋ぐ「反応しない練習」をする日々|英語で意味を紐解き日常で活かす具体例」

参照記事:「丁寧な暮らしに繋がる「気づきが間に合う」という実体験の話|プラユキ・ナラテボーさんと浦崎雅代さんとホームさんからの教え」



このプラユキさんの教えが、今回、浦崎雅代さんが伝えて下さるカムキエン師の教え「苦しむ人から苦しみを知る人になれば、それ以上愚かにならない」という智慧と結びついたのです。


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苦しんでいる事に気づいて「苦しみを観る人」を経れば、次の一歩を「苦しみを知る人」に向けて歩める

私は、毎日手動瞑想を、そして出来るだけ外に出る時間を設けて、歩行瞑想もするようにしております。

今や、朝の勤行の後と、寝る前や風呂上がりに瞑想と坐禅の時間が習慣化しており、そのお陰様か、日常でも「ぱっ」と、気づく事が出てきて参りました。



先日も、林檎を食べる時、ふと「全ての動きを瞑想的に」と、林檎を切り分けてから食し終わるまで、食事瞑想としたことも、Twitterで綴っておりましてね。

まあ、まだまだ気づきが間に合っていない事もしばしばありまして、仏道を歩むこと、実践は一生涯続くだろうなあ、と、漠然と観じてはおるのですが。



気づきを頂くと、実際に経験した人なら「あ、それそれ」と、思うて頂けると思いますが、「むか!」となっても、「あ、今、むか!ってなったなあ。」と、むか!っとなっている自身を観るモードが顔を出します。



私は最近、これを「観る人モード」と勝手に名前をつけて呼ぶようになりまして。

そして、この「観る人モード」を経ることが、今回の話で肝要なところであります。



カムキエン師の教え、浦崎雅代さんが噛み砕いて教えて下さる「これ以上愚かにならぬために、苦しむ人ではなく、苦しみを知る人へ」の前段階として、まず「観る人」になります。

「苦しむ人」から「苦しみを観る人」へ。



そして、「観る人」になる事ができれば、プラユキ・ナラテボーさんが教えて下さる「次の一歩」を、「苦しみを知る人」へ向けて歩むことが出来ます。



更にそこから、その「苦しみ」を知る事ができれば、同じ苦しみで苦悩している人に共感することが出来て、自身が苦しみを乗り越えた智慧を渡すことも出来ましょう。



ここに私は、プラユキさんの「よき縁」の環を見い出しております。

カムキエン師の教えを学び実践し、伝えて下さったカンポン・トーンブンヌムさん

浦崎雅代さんがnoteにて伝えて下さった、カムキエン師の教えを、学び実践し、その体験を伝えて下さった方がいらっしゃいます。

その人については、以前に本と共にお伝えしたことがありますね。



その人物は、カンポン・トーンブンヌムさんと言います。



参照記事:「「気づきの瞑想」で得た苦しまない生き方(カンポン・トーンブンヌムさん著)の読書感想文」





カンポン・トーンブンヌムさんは、学校の先生をされたいた時代に、事故によって一生涯を車椅子での生活を余儀なくされました。

そうして、苦しみを感じている時に、カムキエン師との手紙のやり取り等を経て、瞑想修行をするようになられて、苦しまない生き方の体現者となられた方です。

そうした話が、上で示した本に書かれております。



カンポン・トーンブンヌムさんは、本を通して、今回の話に通じるとても大切な智慧を伝えて下さっています。



それは、{「苦しむ人」から「苦しみを観る人」へ}。



苦しみに飲み込まれてしまっている状態から、苦しみをしっかりと観る事ができる人になる。

拒絶するのではなく、アグレッシブ系・ポジティブ系自己啓発の如く虚勢で誤魔化すのでは無く、ただただ観る人となる。



そして、「苦しみを観る人」になった次の一歩を、これ以上愚かにならぬ方法としてカムキエン師が教えて下さる「苦しみを知る人」へ。



タイのスカトー寺の方々が教えて下さる仏教の教えが、まさに「繋がった!」と、何かこう、光を照らして頂いた、そのような事を思うた次第で御座ります。

タイの仏教を学べる浦崎雅代さんの連載

今回は、タイの文化や、スカトー寺のお坊さん達の説法・仏教を伝えて下さる、浦崎雅代さんのnoteから学んだことをお伝え致しました。



今回の話は、こちらのnoteを学んだことに御座ります。



参照先:浦崎雅代さんのnote「カムキエン師ベストセレクション・日めくりカレンダー(15)」



また、月額500円のnoteもありまして、バックナンバーなどはこちらから確認することが出来ます。



参照先:浦崎雅代さんのnote



そのほか、浦崎雅代さんが月一回のペースで連載されている記事「気づきを楽しむ–タイの大地で深呼吸」は、こちらです。



参照先:「気づきを楽しむ–タイの大地で深呼吸(第11回目)」



上のリンクは連載11回目ですが、下部に過去の記事が読めるリンクがありますから、1回目から読まれると宜しいかと存じます。



この忍土(にんど)を生き抜く智慧を頂ける御縁、非常に有り難し。



タイ仏教を日本にいながら読める御縁を紡いで下さる浦崎雅代さんに、感謝申し上げる次第で御座ります。



合掌、礼拝

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